いずれは明ける(1)
チーム『エシュメール』がクワンシーカップの準々決勝を勝利し、底知れなさを見せつけた日の夜。ルイン・ザとカシナトルドは無人パレットによってクロスファイトドームから戻ってくる。規定航路を飛行してきたパレットはゆっくりとライジングサンの横に着陸した。
『着いたー。降ろしてー』
「割安なのはいいんですが、積載も荷下ろしもこっちでやらないといけないのが忙しいんですよね」
ティムニが伝えるとルオーが疲れた身体を押してやってくる。
無人パレットは本来、宙港と倉庫街を繋ぐ固定航路を持つ輸送手段である。他星から到着した貨物を倉庫街へと運び、保管するか注文先へと搬出することになる。
その固定航路近くにクロスファイトドームがあり、アームドスキンを運ぶのにも使えるのだ。プライベーターが倉庫街に本拠を持つのも無人パレットに相乗りできる利便性からである。
『でも、便利ー。最初は知らなかったからリフトトレーラーの高いレンタル料がかさんでたしー』
「人間ごと乗せてくれればいいんですが」
『法規上、禁止されてるー』
公共交通機関とは異なるので航路システムに人命尊重がなく簡易に運用されている。なので人の運送が厳密に禁止されていた。人の手による荷下ろしはパレットが着陸してからになる。
「じゃあ、レールに乗せますね」
『カシナトルドが格納できたらー』
のんびりしていたルオーは後回しにされる。さっさとカシナトルドに乗ったパトリックはライジングサンの機体格納庫に収めると、意気揚々と夜の街にくり出していった。
「元気ですね」
「あれはパッキーの栄養補給ぅ」
「確かに。さて僕たちも栄養補給して休みますか」
「するぅ」
ルオーはクーファを伴って船内のカフェテリアへ。ティムニは機体格納庫に格納したルイン・ザに整備アームを伸ばすと管理ケーブルを接続する。今日の戦闘データが流れ込んできた。
『あれ、これなにー?』
彼女の独り言など珍しかった。
◇ ◇ ◇
ルオーが食事を終えて部屋に戻り、眠ろうかと思っていると備え付けのコンソールからティムニが飛び出してくる。くるくるとまわってデスクで静止すると立ち上がりかけていた彼を見上げてきた。
「なんか用です?」
『見て見てー』
「おかしなとこ、ありましたっけ? 問題なかったと思いますけど」
投影パネルで試合中の動作データが流れていく。その中身を読み取る能力は彼にはない。簡単な初歩の初歩だけ軍学校の授業で習っただけである。
『これー』
項目の一つで流れが停止し点滅している。
「なんです?」
『キャンセル信号。σ・ルーンから出力されてるー』
「ああ、しましたしました。ちゃんと憶えてますよ」
何度か指令をキャンセルした記憶がある。
『なんでー?』
「決めに行くつもりが射線が思ったところに行かなかったんです。無理して失敗するのは嫌だったんで次の照準に切り替えました」
『むふー』
ティムニの3Dアバターの頬が膨れる。不満の表明に少しおののいた。
『最近、ときたまあったー。同じー?』
腰に手を当てる動作で尋ねてくる。
「そうですね。フィットバーのレバーへのタッチが悪いのかと」
『今日は四回もあるー』
「正確さの勝負でしたからね。少し神経質に。僕の操作の所為だと思いますし」
極めて繊細な操作であるがゆえに微妙なタッチで差が出ると思っている。
『σ・ルーンはルオーの意識を読み取って操作補正もするー。だから、フィットバーからの入力だけで動いてるんじゃないー。それが決まらないのは機体の所為ー』
「十分に動いているはずなんですけどね」
『駄目ー。希望どおりの動作ができないのはルイン・ザが悪いー。それを造ったあたしの落ち度ー』
次々と新しいパネルが立ち上がるとアームドスキンの手の構造内部にまで移り変わる。指の中の細かなシリンダ配置へと変わり、それぞれの動作が映る。キャンセル前の再生データらしい。
『これで足りないー?』
不満げに数々のパネルを見つめる。
「いえいえ、ルイン・ザはすごい機体ですよ?」
『強度を犠牲にしても指の構造をルオー用に調整するべきー?』
「そこまでしなくても。まあ、僕がアームドスキンになにかを殴らせたりする可能性は極めて低いですけど」
考えたこともない。したところで良い結果が出るとも思っていない。付け焼き刃の格闘など事態を悪くするだけである。
『考えるー』
「無理しなくて大丈夫です。ティムニは本当に良くしてくれてます。軍学生時代では予想もできなかった、夢のような生き方をしていますから」
『でもねー』
意味ありげに見返してくる。
「こんな些細な差も許してくれないような運命が待ち受けているとでも? 遠慮したいものなんですが」
『それはあたしじゃどうにもなんないのー。だから、できることをできるだけ増やしとくー。それがルオーの将来に大事なことー。そのためにあたしが存在してると言ってもいいー』
「そんな大それた……」
しかし、彼女はいつもの悪戯げな面持ちを封印し、真剣な顔で見つめてくる。とても見過ごせるものではなかった。
「お願いできますか? ティムニだけが頼りなんですから」
『任せてー。あたしがルオーを完璧に仕上げてあげるー』
「あれ、僕まで調整してしまうつもりです?」
ルオーは軽口とともにピンク髪のアバターの手を取って舞わせた。
次回『いずれは明ける(2)』 「こういうのは彼に任せておけばいいんです。得意分野ですから」
 




