見つめる先は(5)
ルオー選手は時間間隔を意識してトリガーのタイミングを工夫している。リングアナもそれは理解している。しかし、ヒートゲージは管理できても、ビームに含まれる質量弾体の元『弾液』は否応なく消費されている。
「どうするつもりか、ルオー選手。敵機を身をさらしたまま悠長に弾倉換装などしていると狙われてしまいます」
少し移動すれば身をひそめる障害物がなくはない。ただし、移動するにも時間は必要だし、その間はチームメイトが狙われることになる。味方が撃墜判定でも奪われてこれ以上数を減らされれば目も当てられない。
「多少無理をしてでもその場で換装するしかありませんな」
解説者のロバート・ゲッツは断言する。
「どうにもならない大きな隙になるでしょう。ゼクセローネにとっては最大の狙い目ですな」
「どちらを狙うでしょうか? ルイン・ザですか? それとも他の三機を一気に落としに掛かりますか?」
「現実的なダメージは一機でも失うほうですが、エシュメールの場合スナイパーを失うほうが精神的ダメージが大きいでしょう。ゼクセローネリーダーのドワイト選手がどちらを選ぶか」
話している間にルイン・ザが左手のビームランチャーを腰のラッチに噛ませる。クロスファイト規格の専用でないランチャーは自動換装装置が備えられない。もう一方の手でマグネットキャッチしている弾液弾倉をはめ込むしかないのだ。
「ドワイト選手の判断はルイン・ザ狙いです! 砲撃が集中する!」
「正解でしょう。私でもそうする」
「リフレクタで防ぐのか? しかし、攻撃はあまりに激しいー!」
射線が一斉に集中し、筋を引くビームがルイン・ザを目指す。ところがモスグリーンのアームドスキンはビームランチャーを持っているほうの腕にリフレクタを展開する気配も見せていない。
「万事休すかぁー、ルオー選手!」
「まさか、そんな迂闊な……」
ルイン・ザがステップを刻む。軸足を中心にくるりと旋回した機体。ビームは残像を貫く。しかし、躱されるのも計算のうちであろう。射線は機影を追う。
「これは……、驚きのステップぅー!」
ステップしつつ横移動していく。しかも、脚を狙ったビームは膝を折って避ける徹底ぶりだった。ルイン・ザがスピンしていく間に弾倉が装填され、左手のビームランチャーの換装も行われる。
「流れるように反撃だぁー! これは際どい!」
旋回しつつの脇抜きの砲口が一機を狙っていた。砲撃のためにリフレクタを外していたプラトーは慌てて構えなおすしかない。
「あっという間に換装を終えてしまったルイン・ザ! 死角はないのかぁー!」
「参りましたな」
ロバートにも予想外だったらしい。
元どおりの状態に陥ってしまうチーム『ゼクセローネ』。一連の流れはむしろ彼らのほうが精神的ダメージを負ってしまったかもしれない。
「おそらく何度でも同じことをしてくるでしょう。ルイン・ザは十分な数の弾液を備えています。別の隙を探すしかありません」
「簡単には見つからないでしょう。これを狙っていたのならば、実に巧妙としかいえませんな」
少なからずダメージを与えるはずであったゼクセローネの選手は気落ちが激しく動きに影響が出ている。そこをエシュメールの各機が突いて、優勢な展開を生み出していた。
「少々流れが変わったかのように見えますが、ロバートさんはどうお考えですか?」
「大きくはありませんが小さくもありませんな。時間だけが消費された。エシュメールのほうが不利なはずなのに、それを感じられません」
解説者が難しい顔で応じてくる。
エシュメールが精神的にペースを握った。感覚的には理解できるのに、それをどう表現すべきかわからない。リングアナもロバートもそこで迷っている。
「これは如何なる作戦なのでしょうか? ルイン・ザの正確無比な援護も届いているが、だからといって簡単に押されるほどゼクセローネの選手のパイロットスキルは低くない」
「正確な援護……。確かに」
「どうなさいました?」
ロバートの顔がさらに険しくなる。リングアナが気づかないような攻防に気づいたのだろうか?
「気の所為か? しかし……」
考え込んでいる。
「エシュメールの作戦がわかりますか? これからどんな攻撃に変わるのでしょう」
「いや、だとすれば最初から始まっていたのか? そのためのこのマッチアップだったとでも?」
結論が見えてきたようで掴みきれない。そんな口振りで解説者が口ごもる。
退役軍人であり、往年は名パイロットと謳われたロバートである。常に明確な説明をしてくれるからこそメジャートーナメントの解説者に選ばれている。その彼をしても明言できないなにかが起こっているのだろうか?
「助っ人は民間軍事会社のパイロットか。だとすればなくはないな。すると、もしかしたら、クロスファイトの選手ではこの作戦に対処するのは無理かもしれませんな」
「はい?」
「どう説明すべきでしょう。これは選手と兵士の違いなのです」
中身が知れない。
「どう違うのでしょうか?」
「先ほど、正確無比な援護と言いましたな? それです」
「私の言葉がなにかを示していたのですか?」
それはリングアナにとって意外な指摘だった。
次回『見つめる先は(6)』 「しかし、兵士は違います」