今に至る(3)
礼儀作法を知らず、せいぜいが慇懃無礼にしか振る舞えない傭兵とは違う。生まれからして、国の重要人物相手でも気後れしない。パトリックはアームドスキン乗りとしては異色に映るはず。
「このような美しいお嬢様をお持ちであれば、お父上はさぞかし自慢でしょうね?」
そう声を掛けると余計に頬を赤らめるレシュニア。
「そんな」
「君も礼儀をわきまえている。作法もご存知のようだね。名のある家の出身かな?」
「いえいえ、氏のお耳に届くようなことのない、地方の家の末弟です。お気になさらず」
謙遜してみせる。
「ほう? では娘のエスコートをお願いしても大丈夫だろう。暇をさせるかと心配していたが」
「お任せあれ」
「手遅れでしたか」
ルオーがのっそりとやってくる。マイス氏もそれを踏まえてパトリックに頼んだと思われる。目論見どおりだ。
「お招きありがとうございます。民間軍事会社『ライジングサン』のルオー・ニックルです。お楽しみいただけると幸いなのですが、万が一の場合は僕たちが指示することをお許しください」
普通に挨拶している。
「うむ、承知した。今日一日頼もう」
「はい、承りました。ダントン君、アームドスキンを見ますか?」
「うん!」
「では、お父さんの許可をもらったらあちらに行ってみましょう」
ルオーの柔らかい物腰にマイス氏は眉を緩めている。評判は耳に入れていても実際に接するまでは不安だったか。
夫人も嬉しそうにしているし、彼女の胸に抱かれている幼児のシュルグはふわふわと飛ぶティムニのアバターに「あー、あー」と言いながら手を伸ばしている。
(問題ないな。こちらはこちらで)
ほくそ笑む。
「わたくしのことは『パット』と及びください。レシュニア嬢」
「では、わたしは『レーシュ』で構いませんよ、パット様」
打ち解けた雰囲気だった。
「堅苦しいのもなんだな、せっかくのピクニックだから。じゃあ、オレも地でいいかい?」
「はい。色々お話伺いたいです。あまり国を出たことがありませんの」
「よろこんで」
パトリックは木陰に令嬢を誘った。
◇ ◇ ◇
ひとまずルオーはマイス氏の家族と歓談し、お茶をいただく。慣れないお出掛けに興奮気味だったダントンがクールダウンする頃合いを見計らって連れ出した。
「はぁー」
少年は見上げながら感動の吐息をもらす。
「『カシナトルド』はオープンスペックのアームドスキンだから見たことあるんじゃないですか?」
「ある! 本物見れるとは思ってなかったんだ。すごい」
「パットの機体ですのであまり見せてあげられませんが触れるくらいは全然構いませんよ」
ダントンは瞳を輝かせて巨体の冷たさを味わっていた。
「僕の『ルイン・ザ』はクローズドなんでわかりませんよね?」
「うん、初めて。専用機?」
「そんな御大層なものではありませんが特殊兵装にカスタマイズされています。地味な方面ですけど」
モスグリーンの機体の傍までやってくると、ぐるりと周りを巡る。後ろ側で背中に背負われている7mはあるスナイパーランチャーを目にするとポカンと口を開けた。
「もしかしてスナイパーカスタム?」
驚いたことに気づいている。
「ええ、僕は支援型なんです。目立たない裏方ですよ」
「ううん、実物見れるなんてすごい」
「普通のビームランチャーは3mくらいですもんね」
スナイパーランチャーは収束度を上げるためにロングバレルを持っている。冷却機構も備えた砲身は太さもあり、見応えがあるだろう。子どもの目には太くて長い大型の武器は派手に映るかもしれない。実際の戦闘では派手な活躍はないのだが。
「座るだけならシートに案内しましょう」
「ほんと?」
喜びでルオーの腕を引っ張る。
「はい。じゃあ、ちょっと下がって」
「わあ!」
「高いですからね」
σ・ルーンで指示すると右手が降りてくる。手の平はせいぜい1mの広さしかないので、しゃがんで少年の身体を横で支えるようにして持ち上げさせた。
「ひゃあ!」
みるみる離れていく地面に驚嘆している。
「人を十倍以上のスケールで再現している機動兵器です。どうしてもこの高さになってしまうんですよ」
「すごいすごい。びっくりするくらい音しないんだ」
「ええ、実際に稼働する機械です。ムービーみたいに迫力を出すために音を立てたりはしません」
操縦殻の前に張り出したステージと呼ばれるアンダーハッチにパイロットシートが押し出されている。乗り移るとダントンをそこへと座らせた。
「これがフィットバー。大まかな腕の操作を行います」
触れさせながら説明する。
「足元のがフィードペダル。僕に合わせてあるので届きませんが、踏み込めば歩いたり走ったりします。宇宙では前に進んだり、引けば下がったりしますよ」
「それでつま先が引っ掛かるようになってるんだ」
「ええ、そうです」
ひとしきり操縦絡みの機器を教えた。ダントンもにわか仕込みながら知識をすり合わせて喜んでいる。
(今は憧れ。将来彼が本当にアームドスキンに乗ることはないだろうけど)
兵器の現実を知るほどに。
「コクピット内部は頭の高さの状態をモニタに投影します。そのほうが身体を動かしている感覚に近づきますから」
「へぇ」
「一度、仮にパネル投影してみましょうね。ほら、お父さんたちが見えるでしょう?」
(おや?)
ルオーは少年の表情が曇ったのに気づいた。
次回『今に至る(4)』 「パットったらお世辞ばかり」