見つめる先は(2)
「ヤバヤバヤバヤバ、プレッシャー半端ない」
ルオーたちとまったりと過ごしていると、かなり遅れてチャルカがやってくる。青い顔をしてブツブツと呟く彼女をオーサムとストベガが後ろから心配げに見守っている。
「負けられない負けたくないけど、これ以上勝ちたくない。どうすればいいの?」
ジレンマに陥っている。
「らしくないじゃない、チャルカ」
「だって、起きたら界隈が大変な騒ぎになってたんだもん。ベリフォード脱落してファンが吠えてるし、トーナメント投票権にうちが入り込んでくるかもって右往左往してる人たち結構いる」
「そんな騒然としてるの」
ケイティは一般ニュースにしか触れていない。
「放っとけばいいですよ。どうせトーナメント投票権なんてもう締め切ってるんですから」
「そうだけど、遊びで買ってくれたエシュメールファンまでひと財産に変わるかもしれない投票権に目の色変えてる」
「あ、そういえばわたしもエシュメールの投票券買ってた。優勝券だけど」
オリガも厨房から「ウチもウチも」と声を張る。
トーナメント投票券は一位二位を予想して投票するチケットである。それとは別に一位のみを予想する優勝券もあり、彼女はそっちを買っていた。発売は開催直前まで。もう購入はできない。
「大事にしておいてくださいね。データなんで消えはしませんけど、お守りみたいなものです」
ルオーがのほほんとのたまっている。
「うん、応援のお供に、くらいの感覚だから」
「ちょうどいいです」
「ルオー見てると嘘がほんとになりそう」
彼はブレない。力の入ってない方向だが。
一見気合が入っていないかのようにも思えるし、余裕綽々とも思える。関係性でどちらかに映るだろう。ケイティは後者のほうだ。
「あんたたち、ビビりなさいよ。選手のほうが当事者でしょ?」
チャルカのは八つ当たりだ。
「こうなってくるとなあ。もう、なるようにしかならんって感じなんだよ」
「そうだね。負けるときはあっさり負けちゃうかもしれない。落ち込むかもだけど、それも当然って思えるね」
「開き直ってんじゃないのさ」
ストベガも脱力系の病に冒されている。
「ルカもさっさと開き直りなよって話さ」
「そうもいかないじゃない。だって、メジャーの準々決勝よ、準々決勝!」
「結局、勝ちたいんじゃね? 欲かくと失敗するぞ」
オーサムにまでからかわれる。
意気込みが強いのはチャルカの責任感から来るもの。彼女が旗を振ってカフェの支援を申し出てくれたのだ。引っ張られてきたパイロット二人組は責任意識で負ける。厳しい訓練と試合の疲れが蓄積してそれどころじゃないというのもあるか。
「空回りするほど入れ込むのはよくありません。なるようにしかならないのも事実です。が、努力と気概を捨てれば勝てるものも勝てません」
ルオーが両者の仲立ちをする。
「程々がいいというのはぼくたちにもわかるんだよ。でもさ、メジャーなんて初体験だからどのくらいの気持ちでいけばいいのかもわからなくてね。当たるのも初顔合わせのトップチームばかりだし」
「ストベガの言うことも本当でしょう。僕も相手のことはよくわかってません。次に当たるチーム『ゼクセローネ』だってどんなチームなんだか過去試合のチェックは今からです」
「トップチームは古参のワークスチームばかり。ここのクロスファイトを知り尽くしてる連中さ。君が今までにない戦い方をしてるから苦戦してるみたいだけど、そろそろ研究されて攻略されてもおかしくないって気がするよ」
ストベガも似たような懸念を抱いている。
「一理あります。少なくとも、同じやり方をすれば確実に対処してくるでしょうね。相手に合わせて工夫が必要なんでしょうが、当面思いついてはいません」
「時間あるからいいが、頼むぜ」
「こら、ルオーにばかり頼るんじゃない!」
投げやりなオーサムをチャルカが叱る。これまでの作戦組み立ては全てルオーがしてきたらしい。彼がいてこその作戦がほとんどだったのも本当だと思うが、やはり丸投げというのはいただけない。
「チャルカさん、具体的にはどんなチームです?」
二人の言い争いを止めるがてら訊く。
「ゼクセローネはローネック社のワークス。アームドスキンは今は『プラトー』。リーダーはドワイト・カルスナキー。元はローネックのテストパイロットだった人だって」
「なるほど」
「昨日のベリフォードは国軍上がりのパイロットで結成されたチームだけど、ゼクセローネから上はテストパイロットからの選手がほとんどかなあ」
選手事情も色々らしい。一番多いのがクロスファイトの競技創設時までテストパイロットだった人物をそのまま選手起用したもの。他には国軍の除隊者を起用したり、選手志願で来た者を実力次第で採用する。ワークスチームではヘッドハントなんて手法もあったりするが。
「へえ、どこのパイロットも選手でしっかり身を立ててきた方ばかりなのね」
「…………」
ルオーが真顔になってケイティを見る。
「え、なに? わたし、変なこと言った?」
「選手で、ですか。ケイティさん、それでいきましょう」
「なになに? わかんない」
まさか自分が作戦に関わるなんて思ってもいなかった彼女は戸惑う。
「プレッシャーを感じてもらいましょう。選手ではなかなか味わえない怖さがあるんです」
「選手では感じられないプレッシャー? そんなものが?」
ケイティには全く予想だにできなかった。
次回『見つめる先は(3)』 「その方向性でいくのが濃厚でしょう」