見つめる先は(1)
残り時間三分を切ったところで全滅による試合終了。リングの上方ではエシュメールのチーム名と勝利の文字が3Dで踊る。
(勝っちゃったのよね)
ケイティも何度配信のリピート映像を見ても信じられない気持ちだった。
翌日の開店後の今、昼前だというのに常連客の希望で昨夜の試合の全編を流した。彼ら彼女らはクロスファイトに興味がなかったはずなのに、最近ではチームの勝敗にも注目している。
「びっくりよねえ。すごく強いチームだったんでしょう?」
一人が訊いてくる。
「はい、トップチームの一角だったんです。半分あきらめてたのに」
「次はもう準々決勝? 勝ち残った8チームの中にあの子たちが入ってるなんてね」
「まだまだ強いチームはいるんですよ。まあ、これまで対戦したのも全部格上チームだったんですけど」
オーサムたちの下剋上は、奇跡の逆転劇として一般ニュースにまでなっている。一部のファンはリミテッドクラスチームの油断とし、ベリフォードを非難する意見もある。しかし、クロスファイトのコアなファンは負けるべくして負けたと主張。それほどまでにエシュメールの作戦は革命的だったと評した。
「あの子たち、有名になってここには来なくなってしまうのかしら?」
常連の婦人には馴染みの青年たちと映っているのだろう。
「そんなことないと思います。夕べは深夜まで後片づけで大変だったみたいだから、昼過ぎには起き出して食事に来るはずですよ」
「そう?」
「これからは毎週末に試合が組まれるみたいなんで、それほど忙しくないはずですから」
最大の難関は突破した。ベスト8に残ったので賞金は確定である。しかも、マッチ戦とは比較にならない高額なもの。肩の荷が下りた元クラスメートたちには休養もしっかり取ってほしい。
(オーサムたちは目標を達したつもりだと思うけど)
カフェの設備を整えるに十分な額は手に入る。
(ルオーは違うのかも。クワンシーカップを取るとまで言ってたし)
そこまで考えて、ふと気づく。勝つにせよ負けるにせよ、ライジングサンの彼らがここにいるのは最長であと三週間なのだ。それで依頼は満了する。ケイティは急に寂しさを覚えた。
(ほんとに力になってくれてたから、これからも一緒な気になってた)
彼らが来てから全てが上手くいっている。
(ずっといてくれたなら)
メジャートーナメントの賞金額には驚きを隠せない。そのつもりになればクロスファイトでも十分に生計を立てられると思う。ルオーもそう感じてくれたらいいのにと思ってしまった。
(馬鹿ね。いつもいつも勝てるわけなんてないのに)
成功報酬の依頼である。賞金の半額が条件だ。半分は彼らの機材持ち出しなのだから当然といえば当然。得るものは少ないのに協力してくれているのが実のところである。
「だったら、毎週末が楽しみね」
「ドキドキです。昨夜だってフュリーが興奮して寝てくれなくて、今朝は目をこすりながら登校したんですもの」
常連の婦人は朗らかに笑う。
子どもたちも楽しみにしている。そのうちドームまで行きたいと言い出すのではないかと不安になるほどだ。風紀的によろしくないとストベガは言っているので止めてくれるだろう。
「また来るわね。週末は混んでるから無理だけど」
「すみません。週末昼間はファンサービスの一環でチームのみんなが売上げに協力に来てくれてるから」
「静かな環境で素敵なスイーツを楽しめる場所が無くなりそうでちょっと怖いけど」
冗談交じりに婦人は帰っていった。
以前と違って、ゆっくりと話し相手ができる状態は好ましい。儲からないのは困るが、混雑で常連に迷惑を掛けるのは不本意だ。難しいところである。
(ルオーに相談してみようかな)
いつの間にかなんでも青年に頼るようになってしまった自分がいる。
フロアの様子を見まわっているうちに昼過ぎになる。眠そうな顔のルオーがやってきた。彼の場合、本当に眠いのかデフォルトの面立ちなのか判断つかない。
「お昼、食べる?」
「食べるぅ」
返事したのはついてきたクーファのほう。黄色いウサ耳は元気にピンと立っているが猫耳は少し寝ている。眠たいのは本当だろう。
「問題ありません?」
気遣ってくれる。
「大丈夫そう」
「さすがに少し騒がしくなるかとも思ったんですが、週明けのポセの日なら平気ですね」
「夕方からはお客さん来るかも」
体裁はスイーツカフェだが、オリガが彼らのために腕を振るって食事も出す。貢献度を考えれば無償提供したいのにルオーたちは律儀に料金を払っている。「対価を払うに十分なクオリティ」だと主張して、頑として支払い操作をするのだ。
「それまでには戻ります。次に向けて準備も必要ですので」
今までにない、その言い方が気になった。
「大変?」
「少し」
「認めちゃうのね」
自信は窺えない。
「今まではまだまぐれが続いていると思わせておけました。ですが、リミテッドチームに勝つとそうはいかないでしょう。マークされ、研究し尽くされます。試合数もこなしてきたので、それぞれの機体の特性も把握されてしまいます。普通の作戦では勝たせてくれないでしょう」
「厳しい世界なのね」
「なにせ強豪チームはクロスファイトだけで成り立っていますからね」
問題を口にするものの、ルオーの面持ちに変化がないのでケイティは言葉どおりに受け取れなかった。
次回『見つめる先は(2)』 「ルオー見てると嘘がほんとになりそう」