希望を胸に(2)
モスグリーンのアームドスキンが佇んでいる。映像越しでも、得も言われぬプレッシャーがあった。
(これに乗ってるのがルオーだなんて)
普段の物腰柔らかく、温厚で甘いもの好きの童顔青年の印象が崩れるほどの迫力だとケイティは思う。
ふわりと上がった両腕がビームランチャーを構える。対する機体を後ろから捉えた映像。放たれたビームがルイン・ザに向かうと思わず目を逸らしたくなる。
ところが青年の撃ち放ったビームが迎撃する。それも一瞬のこと。彼女には紫色のプラズマボールが生まれたことでしか確認できない。
「不可解なことこのうえない。これをどう受け取るべきか」
解説者のロバートが口ごもる。
「あり得ない事象なのでしょうか?」
「無くはありません。演習などでも最初の砲撃戦の最中に、たまに見られます」
「それでしたら……」
MCは緊張をほぐそうとする。
「それは何百発、それこそ無数とも思えるビームが交錯する中で起こること。こんな、狙いすましたように起きたりはしないのですよ」
「では、ルオー選手は?」
「ビームランチャーの方向を読む類い稀な洞察力。加えて動体視力がなければ不可能、いや、それでも……」
説明に困っている様子。MCの目もさまよいはじめた。
「コッパ・バーデ国軍でも勇名を馳せられたロバート・ゲッツ退役操機団長でも言葉に困りますか?」
「くり返しの訓練の成果なのでしょうな。そうとしか言えません」
「はい、ありがとうございます。それでは、明日からの組み合わせをお伝えしましょう」
MCがコーナーを締めて次の話題へと移る。素知らぬフリをするルオー。少し空気が白けたのでオリガがチャンネルを閉じた。
「あれって?」
パティシエもスルーはできない様子。
「仕事をするうえでの僕の切り札なのですよ。なので、あまり分析されたくはないのですが」
「分析するにもできない感じだったけど」
「見破れないから切り札なんです。そうそう真似されては困りますからね」
種明かしはしてくれない。
「ルオの花火、綺麗でしょぉ?」
「花火? そう言われるとそうね、クゥ」
「あれでみんなを喜ばせるのがルオのすごいとこぉ」
疑問を抱くことなく称賛する。受け入れて楽しむ。それが彼らと付き合うコツなのかもしれないとケイティは思うことにした。
「オーサムやストベガも褒められてたし、いい傾向なんじゃない?」
オリガが空気を変える。
「触発されたのかしら? パトリックたちとの訓練の成果も出てる?」
「強くなってもらわないと困るんですよ。僕たちは助っ人です。助っ人だけが活躍したのではいけません」
「チームのほうも持続性がないと駄目?」
ルオーはそこにこだわっている。
「もちろん、彼ら二人の目標は賞金でカフェの経営を軌道に乗せることでしょう。ですが、叶ったからって人生が終わるのではありません。二人にも将来があります」
「クロスファイトで食べていけるようになってほしいのね」
「ケイティさんもそれが理想でしょう?」
彼女もオリガもそれを望んでいる。フュリーやレンケを育てるのが最優先なのは本心だとしても友人三人の将来を犠牲にしていいわけではない。助け合って、一緒に歩いていきたいのだ。
「そのための下ごしらえをしてる?」
オリガが青年の前にお茶のカップを置きながら訊く。
「土台作りですね、一度できれば簡単には崩れないような」
「あの二人にできるかな? 案外緩いし、直情径行なとこあるし」
「一度走り出したら逃れられないような一本道ってあるものです。本人が休みたいと思っても周りが許してくれないみたいな。パットや僕の役目はその道に二人、いえ三人を放り出すことです」
チャルカを忘れてはならない。
「なんとなくわかるー。クロスファイト選手って人気商売でもあるんだね。前に二人のファンもうちに来てるの見てわかっちゃった」
「正解です、オリガさん。背中を押す人間がいると止まれなくなるものですよ」
「選手ね。結構きついって弱音吐いてたときもあったけど」
オーサムたちが選手登録してしばらくは試合後になにも口に入れられないほど苦しんでいた時期もあった。テストパイロットなどとは違い、どれほど加速に苛まれようとも動きを止めたら即敗北だからと。
「怪我とかなければ続けてもいい、かな?」
彼らがアームドスキンが好きなのも嘘ではない。
「それよりはパイロット障害のほうが問題です。選手生命はそんなに長くはありませんから心配しなくてもいいですよ」
「パイロット障害?」
「きついって言ってるとおり、コクピットに加わる慣性力は半端ではありません。掛かる負荷でいずれ身体に問題が出ます。予兆がありますから、そこで現役引退でしょう」
三十代後半から四十代いっぱいくらいまでの話だという。
「悠々自適に暮らせるくらい稼げていればよし。それが叶わなければ、ここで使ってあげればいいでしょう」
「そっか。あいつら、こき使ってやるのも悪くないもんね」
「オリガったら」
どうにか笑い話に落ち着く。友人五人で安定した、喜び合える未来を心に描きながら。
「そのためにもクワンシーカップは取りに行きます」
「豪胆!」
はっきりと言う青年をオリガが茶化す。
「同じパイロットでも、三人には血なまぐさい戦闘なんて似合わないと思いますからね」
ルオーが小さく続けた台詞をケイティは聞き逃さなかった。
次回『希望を胸に(3)』 「結構舌が肥えてますけど」