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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
世の中ままならない
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今に至る(2)

 仲介業者を介しての依頼だったので二人は依頼者に会わないまま警護に就くことになる。商社や物流業者と違ってそのへんはアバウトだ。おそらく、評判だけで選定されたのだと思われた。


「で、その議員さんと家族が乗った遊覧船を警護するわけね」

「はい。警察のボディーガードは同乗しているそうです。本来の役目はそちらの方にお願いすればいいみたいです」

「まあ、遠足だからな」


 移動中および離着陸時の警護が主な依頼。つまり、現場に着いたらきちんとアームドスキンを出せよ、という意味を含んでいる。


「お子ちゃま方が無理を言わないでくれるといいな」

「気にしなくていいですよ。僕のほうで適当に対応します」

「おー、任せた任せた」


 パトリックは雑に応じる。ルオーが資料を眺めてため息をついているのは無視した。今日は彼も遠足気分である。


(天気もいいし、オレは昼寝でもして過ごすか)

 サービスしたところでリピーターがせいぜいの相手だと思っている。


 遊覧船とも合流し、並走して現地へ向かった。ゆったりと飛行し、山々を仰ぎ見る丘陵の一角に停泊する。遊覧船は降下艇を出して家族を降ろし、二人はカシナトルドとルイン・ザでそれぞれに着陸する準備に入る。


「なに!?」

「やっぱりですか」

 パトリックは目を瞠った。

「お前、黙ってたな?」

「黙ってますよ。嫌な予感しますし、変に張り切られてもトラブルの元ですし」

「ちゃんと分担は守ってんじゃん」


 ワンピースの少女は華やかに笑っている。年の頃は十七、八というところ。ほころびかけた蕾は可憐で、かぐわしい匂いを周りに振りまいているかのよう。そこにしか目がいかない。


「ご家族の前で妙な振る舞いは遠慮してくださいね?」

「冗談。オレはいつも紳士だろう?」


 慌てて資料をパネルに呼び出す。ファーストインプレッションでヘマをしてはならない。親の不興を買うのも無しだ。


(ルオーの奴、予防線張りやがって。最近、特に気まわし過ぎなんだよ)

 相方の理解が得られない。


 パトリックは別に女好きなわけではない。女性をすべからく奉っているだけである。きちんと分別を持って接しているし、間違ってもパートナーがいる女性を奪おうなどひねくれた性向もない。

 なのにルオーは彼を女性から遠ざけようとする。仕事に支障するようなトラブルに発展したこともないのに危険視しているのが納得いかない。


(まあいい。とりあえず眼の前の花を愛でることだけ考えねば)

 資料にある令嬢の顔に微笑みかけた。


「降りますよ」

 彼の顔を確認しつつルオーが誘う。

「打ち合わせたとおり、標準装備で出てください」

「オレのカシナトルドはあんまり関係ないじゃん。五歳はお前の担当」

「ちゃんとお世話します。ですが、これはあくまで護衛依頼なのですよ。忘れないでくださいね」

 呼ばれたのはおそらく五歳の息子を喜ばせるためだと目算する。


 一家は家長で議員のマイス・オーグナー氏と奥方のスフォビア夫人。息子のダントン五歳とまだ一歳にもなっていない赤ん坊のシュルグ。そして、娘の花も恥じらう十七歳、レシュニア嬢を合わせた五人がゲストだった。


「危険があるってわけじゃないのに律儀だな、お前は」

「お安くやっているのは本当ですけど、それでも手抜きなどすればすぐに評判が落ちて仕事がなくなります。ライジングサンを儲けさせると豪語していた君がマイナスになるようなことをするんですか?」

「はいはい、こんな依頼でも真剣にやるって。ご令嬢のもてなしは任せておけ」


 肩をすくめる相方を置いて発進スロットからカシナトルドを出す。うつ伏せに空中に放り出された機体を器用に立ち姿に直すとふわりと地上に向けて降下した。ルイン・ザも少し遅れてやってくる。


(ふむふむ、これはなかなか)


 目をキラキラさせながら見上げているダントン五歳など眼中にない。隣であでやかに微笑んでいるレシュニア十七歳が最重要攻略目標である。

 複数の給仕用らしき人間サイズのロボットが動き回り、腹の中に料理やドリンク、茶道具などを収めているだろう箱型ロボットがピクニックシートの四隅を押さえようと走る。


(オレを見ろ)


 威圧的にならないよう10mほど離れて静かに着地。レモンイエローのボディを華麗に折り曲げて降着姿勢にする。ブレストプレートを跳ね上げると、操縦殻(コクピットシェル)から押し出されたシートで颯爽と立ち上がる。機体の膝でワンステップ置いて地面に舞い降りた。


「これはオーグナー卿。本日はご依頼いただきありがとうございます」

 優雅に腰を折って見せる。

「わたくし、パトリック・ゼーガンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしく頼む。本来なら軽々しく呼びつけてはいけないのだろうが、依頼に応えてくれて助かっている。息子が最近アームドスキンに夢中でね」

「ええ、ええ、わかりますとも。ご子息のお年頃ならば憧れてしまうでしょう。軽々にお乗せするわけにはまいりませんが存分にご見聞ください」


 マイス氏と握手し、夫人にもう一度膝を折る。そして、令嬢にも向き直ると、その手を取って軽く口付けた。


(荒事師だと思ってたなら、これは効くだろう?)


 にわかに頬を染めるレシュニアを覗き見ながらパトリックは口の端を上げた。

次回『今に至る(3)』 「手遅れでしたか」

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