見上げる明日は(4)
試合開始と同時に両チームのアームドスキンがリフレクタを展開。前哨戦の撃ち合いが始まったかと思えた。ところが、リングアナの予想を覆し、とんでもない行動をする機体がいる。パトリック選手のカシナトルドだ。
「パトリック選手、なんと跳び下がったぁー! これでは後ろのルオー選手が丸裸になるぅー! どういうことなのでしょう?」
対戦チームの『ルオン・カンテ』は容赦なくスナイパーを狙う。
「これは……!」
あろうことか実況の立場で絶句してしまう。ありえない光景が彼の目に映っていたからだ。
「なん……で?」
「し、失礼いたしました! ルオン・カンテのビームが衝突? いえ、迎撃しているのか? この驚くべき事態をなんと表現すればいいのでしょうか!」
両者の間に紫電瞬くプラズマボールの壁ができている。それは両手にビームランチャーを構えたルイン・ザが作り出したもの。意表を突いて正面に立ったモスグリーンのアームドスキンは微動だにせずビームを放ち続けている。
「視界の悪化が著しい。ドローンカメラでは捉えきれません」
ルオン・カンテ側からの映像に注目していたリングアナは困惑する。
「撃ってきたぁー! プラズマボールの収束を待たずにビームが襲い掛かるぅー! ルオン・カンテ、堪らず後退します!」
自分側から狙えない視界不良の状態で、エシュメールのスナイパーは正確に自機を狙ってくる。リフレクタを叩かれている現実に仕切り直しを決断したか、ルオン・カンテは障害物の中へと後退していった。
「完璧に機先を制したエシュメールです。このまま試合の流れを持っていってしまうのでしょうか?」
後手を踏んでいたこれまでとは反対の展開だ。
「どうでしょう。方向性は変わらないように思えます。まずは相手の視界を奪うことから始める。スティープルを利用したこれまでと方法が違ったというだけ。エシュメールが自ら得意なフィールドに持ち込んだのは作戦勝ちともいえますが」
「しかし、ルイン・ザの見せたあの神業はメンタル面に少なからずダメージを与えたと思われますが」
「それはあるでしょう。ですが、試合開始時の静止状態での撃ち合いであればある程度射線を限定できます。そこを利用した作戦です。しかし、動きまわる中での撃ち合いとなればこうはいきません」
エシュメールの四機もスティープルの林へと身を躍らせている。遮蔽物の多い状態での撃ち合いとなると射線の予想は困難を極める。ビーム同士がぶつかる偶然を期待できない。
「つまり、意表は突いたものの、試合展開としては想定内だという意味ですね?」
リングアナは結論づける。
「そうです。ここからルオン・カンテは本来の作戦に戻るべく立て直すでしょう。多少はメンタルダメージを引きずっていても崩れるようなチームではありません」
「エシュメールがどこまで奇襲攻撃を重ねられるかが試合の鍵を握るかと思われます」
「ただし彼らの場合、そこまで特殊な戦術は用いてないのですよ。わりとオーソドックスな作戦を切り口を変えて見せてきた点が気になります。ルオン・カンテもそのあたりは分析できていると考えます」
確かにドワイト選手が言うように目新しい作戦は見られていない。スナイピングという手法が馴染みがないだけである。それ以外の誘導作戦は特段珍しいものではなく、どこのチームも状況に応じて用いるもの。
「ともあれ、両チームとも互いの位置がわからない状態です。ここからは探知戦の様相を見せるかと思われます」
視界不良の状態で別個にスティープル内部へと向かったからだ。
「となれば数の多いルオン・カンテが有利ではないかと」
「レーダーもドローンカメラも利用できない状況です。チーム回線が唯一の情報手段である以上、五機編成のほうが先手を取れそうです」
「どう分けるかが勝負になります。単独は難しい。すると、エシュメールは二機ずつ、ルオン・カンテは二機三機となるでしょう。どの編成がどちらと当たるかで変わってきます」
ドワイト選手の予想どおり、ルオン・カンテは二手に分かれる。
「エシュメールは……、はい?」
「まさか、単機で? 無謀にもほどがあります。私には各個撃破してくださいと言っているようにしか見えないですが」
「ですが、露骨に分散しています。これは遭遇した誰かが僚機の元へと誘導する作戦なのでしょうか?」
林立するスティープル内でバラバラに分かれるエシュメールの四機。マッピングもまだ十分でない状態で相対位置の把握も困難となれば無謀の二字に他ならない。
「かなり能動的に動いていますね。もしかして、彼らは探知戦を知らないのでは?」
解説にそこまで言わせる暴挙に見えた。
「ですが、戦術面では巧みさを見せたエシュメールが急に拙さを露呈するとは考えにくいのですが」
「得意不得意があるのかもしれませんよ。特に探知戦となると情報統率力が重要になります。指揮官の仕事です。助っ人陣は不慣れでもおかしくないでしょう」
「なるほど、民間軍事会社のパイロットといえど単独での軍事作戦の経験は少ないとお考えですね?」
「これは大きな失策かもしれません、エシュメール」
リングアナはドーム上からの俯瞰映像を注視していた。
次回『見上げる明日は(5)』 「なにを考えてるのか私にもわかりません」