見上げる明日は(2)
訓練を終えてカフェ『エシュメール』に移動する。客の入りは上々で、増員した配膳ロボも活躍していた。クーファもテーブルの間を動きまわっている。彼女は今やカフェのマスコットのようになっていた。
「つまみ食いしてませんか?」
腰に抱きついてきたウサ耳娘にルオーは訊く。
「してないもん。しなくてもお客さんが一口くれてぇ」
「自動給餌されてるんですね」
「ご褒美?」
首をかしげている。
これまではフュリーとレンケだけだったマスコットに彼女が加われば最強だ。お陰で女性客だけでなく家族連れも席を埋めている。ニーズが多様化するのは悪くない。
「遊んでないで材料出しやって。目がまわる」
オリガは忙しさにテンパっている。
「はいはい、あたしも手伝うから」
「チャルカ、助かる」
「自動調理器をフル稼働させて回転上げますよ」
パトリック登場のタイミングに合わせて女性客の列が形成されていた。彼女たちを入れなければスケジュールが消化できない。
「ケイティさんはパフェのベースまでを」
パティシエのオリガの最終仕上げへと繋げる係。
「焼き菓子のオーブンへの出し入れは僕がやります。オリガさんはトッピングとか仕上げを。チャルカさんは食器出しもお願いします」
「うわお、忙しっ」
「今のお客様が捌ければパットが時間稼ぎするので余裕できます。それまでは頑張りましょう」
まずは注文を消化しなければ先が見えない。効率を重視し、危なかったり重労働の部分は自分で担って差配する。
テーブルに注文が行き渡り、待ちわびていた客が舌鼓を打っている頃には落ち着きが見えてきた。次のピークに向けてクールダウンしておく。
「やあ、いらっしゃい。今日はオレのために集まってもらってありがとう」
入れ替えたパトリックのファンが退屈しないよう、甘い台詞で繋げているうちに入ってきたメニューをチェック。推しにお金を落としたいファンは注文も多い。再び大きなピークがやってくる。
「俺もなんか手伝うか?」
オーサムもやる気を見せる。
「いい。邪魔」
「ひでえ」
「パトリックの援護。ストベガと盛り上げ役してて。一人じゃ大変だろうし」
ケイティが役割を作る。
「しゃーないな。役に立つかわからないけど行ってくる」
「彼に合わせる自信ないんだけどね」
パイロット組二人を送り出す。ところが意外な展開が待っていた。ファンの間から歓迎の声があったのである。
「わあ、オーサム選手にストベガ選手もいた! わたし、箱推しなの」
「ほんとだ。ラッキー」
「え、ぼくたちでもいいのかな?」
「一緒に写ってー」
携帯端末をを向けられてぎこちないポーズを取っている。それが可愛いとウケているから不思議なものだ。
「フロアはもちそうです。失敗ないよう確実にいきましょう。第一印象が良ければリピーターになってもらえるでしょう」
混乱しないのが肝要だ。
「うん、みんな、深呼吸。冷静に」
「そーそー、いつもどおりに」
「美味しいスイーツで笑顔になってもらうために」
(大事なとこを履き違えないでくれるから助けたいって思わせてくれるんだよねぇ)
人気に驕らないところがルオーをその気にさせる。
テーブルを埋めるファンの注文を捌き、配膳ロボを走らせる。パトリックたちが分担でそれぞれ席をまわって楽しませている。フュリーとレンケはクーファが邪魔にならないよう面倒見てくれていた。二つ目のピークもクリアする。
「お疲れさま」
落ち着きを取り戻したところでケイティが隣に来る。
「お疲れさまでした。大丈夫です?」
「もちろん。ヘルプがしっかりしてたもの」
「よかったです」
彼女が置いてくれたお茶で喉を潤す。
「どうしてルオーはこんなに親身になってくれるの?」
「やりたいことだからですよ。変です?」
「変。もう少し下心見せててくれれば納得できるのに」
魅力的な台詞だが苦笑いしか返せない。母親をやろうとしている彼女の妨げになりたくはないのである。
「僕がしているのは依頼の範囲のことです。カフェの経営を安定軌道に乗せること。そのためにチームを勝たせること。二つは同義だと思ってます」
わかりにくいだろうか。
「なんでも頑張りすぎに見えちゃう」
「そうでもないんですよ。今必要としていることです。まずはお客様にエシュメールの味を知っていただくのが第一なんです」
「それは頷けるんだけど」
行動原理が理解できないのだろう。
「なにをするにも持続性が大事だと思ってます」
「持続性?」
「例えば、クゥがパフェをほとんど食べてしまって残りを惜しそうにしています。そこに新しいパフェを追加してあげるのは簡単なことです。でも、一時的にしか過ぎません」
笑顔にできるのはその日かぎり。その思いでだけで猫耳娘が毎日を幸せに暮らせるわけではない。
「僕なら彼女が食べたいときにパフェが頼めるよう経済力を付けるように計画します。そうすれば彼女の幸せは持続します」
まわりくどいかもしれない。
「だから、とにかくエシュメールにリピーターができるようにしてる?」
「リピーターを日々満足させられるキッチンの処理能力も、です」
「そういうことなの」
どうすれば効率よくまわせるか見せているのを理解したようだ。納得の面持ちになる。
「ライジングサンはカフェ『エシュメール』の明日を暗闇に閉ざしたりしない」
嬉しそうにしているケイティの横でルオーは呟いた。
次回『見上げる明日は(3)』 「皆の期待を削ぐようで申し訳ないが、エシュメールは厳しいと思います」