見上げる明日は(1)
障害物エリア内を走るシュナイクとペルセ・トネー。ランダム配置される金属尖塔は間隔もまちまちで、広い場所もあれば走って通り抜けるのを躊躇するほど狭い場所もある。
どうにか機体パワーに振りまわされないようになった二人は、すり抜けたりスティープルを肘で押して方向転換したりして縫っていく。突如として遭遇したカシナトルドの斬撃にも反応して躱した。
「どうだ。今度は喰らわなかったぞ」
「まだまだ。本気じゃないぜ」
パトリックがギアを一段階上げる。斬撃は鋭さを増し、牽制にしか使っていなかったビームも当てに行く。足元の怪しくなった二機は時折り追いつかずに転倒するようになった。
「くぅ、もつれちった」
「早く立ってよ」
斬り結ぶストベガが救援を求める。
そこはリングを模した仮想空間。試合のガンカメラ映像からティムニに作ってもらった仮想リングで訓練を重ねている。
相互にケーブル接続した実機でのシミュレーションは訓練場に近い効果を発揮する。強化したアームドスキンのデータも十分に取れたし、σ・ルーン学習も深化してきたので時間節約ができるようになってきた。
「そこから!?」
「ルオーのこと忘れんな? いつでも撃ってくる」
(これにも反応できるようになれば良い線行くと思うんだけどねぇ)
ルオーも機を見ては狙撃を挟む。二人はまだ回避する余裕がない。
「上のチームは連携もしっかりしてるからな。当たり前に狙ってくるぜ」
「あいつほど正確じゃないだろ?」
オーサムやストベガもスナイパーとしてのルオーの腕前も理解してきた。チームで機能するには、どこで彼が狙ってくるか身体に染み込ませる意味でも自身で味わうのが早いだろう。
「よし、一度休憩。休んだらリング組み直して続きだぜ」
「スティープル配置を憶える暇もくれないんだ」
「そんなのはティムニに任せろ。お前らは戦闘しながらでもマップを確認できるようになれ」
パトリックは厳しい。勝利がチャルカを始め、ケイティやオリガを喜ばせるからにすぎない。行動原理はシンプルである。
(多少は面白みも感じてるのかもねぇ。いつもに比べて遊びに出たがらない)
相方らしくない時間の使い方も見られる。
勝てば女性ファンの耳目を集められるのも彼を満足させているのかもしれない。カフェを訪れるファンの人数も伸びてきている。
「昼過ぎにはお店に戻るのでもう1ラウンドってとこです。頑張ってください」
「今日は予約のある日か。お前たち、本当にタフだよな」
週末なのでカフェのほうでパトリックが接客する日なのだ。相方の承認欲求を満たすには外せない。ファンが集中するので、ルオーもキッチンを手伝わなくてはならない。
「次の組み合わせも来ましたよ」
メッセージを開く。
「相手はチーム『ルオン・カンテ』だそうです。トリプルエースクラスですね」
「ルオン・カンテぇ? ルオンファクトリのワークスチームがなんで平場なんかに出てくるんだ?」
「ワークス? 企業運営のチームですよね?」
「そうだよ。連中、普通はこんなトーナメント前の時期にマッチメイクなんか頼まないのに」
本来のアームドスキン開発を目的とした企業のチームがワークスである。独自の最新鋭機体を使っていたり、選りすぐりのパイロットを抱えていたりと様々な有利な点がある。ときにはクロスファイトを新機能の実験に用いたりするチームである。
「腕試しにはちょうどいいです。了承しておきますね」
「いや、待って」
「待て待て、なんでそんなにお前はお気楽なんだ」
二人の非難が集中する。
「なんでって、マッチ戦なら最悪負けてもいいからです。クワンシーカップに入ったら即退場。トーナメントで敗北は許されないんですよ? 強いチームとの対戦での機体損耗度もチャルカさんに慣れてもらえます」
「今の実力計るのにもいいじゃん」
「マッチ戦こそ確実に拾っていきたい俺たちの要望を無視すんなよ」
賞金に直結するマッチ戦をオーサムたちは望んでいる。なので、ルオーが調整期間と考えている今も運営にエントリ要請を出していた。それなのにカードを組まれて文句を言うとは何事かと思う。
「そろそろ慣れましょう。クロスファイト運営協会はエシュメールの実力を計りに来てます。うちの特殊な編成を今後容認すべきか模索しているんでしょうね」
民間軍事会社の参入を、だ。
「なーる。奴ら、プロに荒らしに入られるのが嫌なのか」
「おそらく、そうだと思います。あくまで選手は選手、戦場のプロはプロと考えているのかと。ギャンブル経営的にもあまり変則的なチームの参入は拒むルールを作る気なのかもしれません」
「要するに潰しに来てんだろ? 堪んないぞ、そんなの」
オーサムは頭を抱えている。
「勘繰りだな。あり得ん」
「ですよ。民間軍事会社の運用としては、試合に参加するより短期依頼を数こなすほうが儲けになります。こんな長期拘束は実入りが悪い」
「そうなんだ」
「考えてもみてください。運送屋が長期周遊ツアーに船を出すようなもんです。一時的な収入が高かろうと効率が良くないでしょう?」
ストベガが意外だという反応をしている。彼が自分の気まぐれに呆れているくらいの依頼だとは思っていないようだ。
ルオーは肩をすくめて休憩の終了を告げた。
次回『見上げる明日は(2)』 「自動給餌されてるんですね」