ぬくもり感じ(6)
ウェイデガーのターゲットは当然スナイパー機である。距離が取りきれていないルイン・ザを徹底してマークし、フォーメーションで追跡していった。無論、援護を警戒しつつである。
「これは厳しいでしょうか。見るからにスナイパーに狙撃体勢を取らせないつもりのようです」
リングアナの女性は冷静に実況する。
「当然だな。奴に仕事させなきゃ流れを持っていかれねえ。一機落ちちまったのは誤算だろうがよ、こいつは最初っから決めてた作戦のはずだぜ」
「しかし、同数ですよ。他を無視していいわけではないと思うのですが」
「いいんだよ。見てみろ。エシュメールの元メンバーはついていけねえ。あいつらのアームドスキンは重いからな」
俯瞰で見ればよくわかる。逃げるルイン・ザを追うウェイデガーの機体のほうがスムースに障害物を縫っていく。対してオーサム選手のシュナイクやストベガ選手のペルセ・トネーは振り切られそうになっている。
「注意すべきはあの黄色だけになる」
パトリック選手のカシナトルドを示す。
「こいつは軽くて走れるが所詮は一機。警戒だけしとけば近づけないようにするのは難しくないな」
「確かにガイナン選手の解説のとおりの展開になっております」
「あとはスナイパー野郎に誘導されないように気をつけとけばいい。追われてりゃ、そんな余裕はねえだろうよ」
緩やかな円弧を描くようにスティープル内部を逃げていくルイン・ザ。指摘されたように、カシナトルドの進路に誘導する気配はなく、むしろ迷走しているように見えた。
「さすがのウェイデガーというべきでしょう。老舗カスタマーチームの看板は伊達ではありません」
戦局はすでに傾いていると思える。
「まあ、予想より逃げられてるけどな。ルイン・ザって機体、なかなか器用に走りやがる」
「そうですね。スナイパーといえば一ヶ所に腰を据えて狙うというイメージです。機動戦となると不慣れで不利だと思うのは素人考えなのでしょうか」
「そうでもねえはずなんだがよ」
クロスファイトのルールでビームランチャーはリング専用のものを使わなくてはならない。長距離砲で弾速の速いスナイパーランチャーは使用できない。
苦肉の策としてビームランチャーの両手持ちを選択したはずだが、普段動きなれていないパイロットは機動戦は苦手とすると思われる。結局のところ、スナイパーがクロスファイトに不向きで、誰もが選ばない理由がそれである。
「まだ、粘っております。これは少々見苦しい展開となってまいりました」
彼女からは往生際が悪いと見えた。
「一射も放てずに逃げまわるスナイパーというのはどうなのでしょう? せっかくの人気が水の泡と思えます。これはウェイデガーが一枚上手だったということで間違いありませんでしょうか?」
「まあな。宇宙生活者にゃこのリングは狭すぎるのかもな」
「なるほど」
そんな言い訳が聞こえそうな試合となっている。
「試合時間だけが重ねられていきます。まさか、二十分の枠いっぱいを使って逃げ切りドローを目論んでいるとも思えません」
「それじゃ意味ねえが、ここいらで止めとかないと運営にとんでもない組み合わせを続けられる危機感持ってんのかもな」
「そこまで計算された試合展開なのでしょうか」
すでにグダった感じが強い。観客にも退屈な試合だと言われてしまいそうだ。
(こうなると、わたしの話術だけで盛り上げるのは無理なんだけど、勘弁してくれない?)
少し恨みがましい気分になる。
「なにを思うか、エシュメール。このままで終わりでしょうか」
「なに!?」
解説のガイナン選手が慌てる。急に横ざまから飛び出したアームドスキンがウェイデガーの機体に体当たりをかましたからだ。転倒した二機が脱落する。体当たりを仕掛けたのも二機だったからだ。
「ここでシュナイクとペルセ・トネーが参戦ー! なんと不運にも両選手がいる場所をかすめるような進路だったようです!」
完全にノーマークだった。
「効いたな。重量級にぶちかまされると戻れねえか」
「それぞれに追い打ち攻撃を受けています。これでわからなくなってしまいました」
「引っ掛かっちまったらマズいぜ」
スピードが緩んで追いすがってくる機影がある。パトリック選手のカシナトルドだ。これまでの試合を見るに、もっともパイロットスキルの高い選手である。ウェイデガーのメンバーであっても、一対一で当たるのは不用意な選択だろう。
「これは難しい! どう動きますでしょうか、ウェイデガー!」
「迎撃か。いや、悪手だな。無理してでも、ここはスナイパーを落としにいったほうが安全策だと思うが……」
「おっと、ガイナン選手の予想が正しいです。一機がそのままルイン・ザを追う! 狙った得物は逃さないと言わんばかりです」
言われてみればそうだ。ここで逃がして狙撃体勢を作られると、あの厄介なスナイピングショットが来る。隙間を怖れながらの白兵戦はさすがのダブルエースのチームでも避けたがる。だからこそのスナイパー追跡作戦だったのだから。
味方の援護に足を止めたスナイパーは逆に窮地に陥ったとリングアナの彼女は思った。
次回『ぬくもり感じ(7)』 「終わったな。良くて相打ちだぜ?」