ぬくもり感じ(5)
この試合から担当を交代したリングアナの女性は張り切っていた。始まるカードの片方は今話題になっているチームだからだ。相手が生粋のカスタマーチームとあっては勝利が難しいにしても、実況次第で盛り上げられそうである。
「解説のガイナン・デクスト選手、よろしくお願いいたします」
このタイミングで解説者も変わっている。
「チームのほうはいかがなのでしょうか?」
「今はクワンシーカップに向けて充電中だ。機体も手ぇ入れてる。期待してくれよ。おっと冗談じゃないぜ」
「チーム『ベリフォード』は順調なようですね。トーナメントの結果を期待してもいいようです」
合わせて解説者を乗せる。髭面の中年男は女性リングアナが被せてくれたことで気を良くしたらしく相好を崩していた。
「両チーム、入場です。ガイナン選手はどう見られていますか?」
色分けされた両サイドのゲートからアームドスキンが並んで歩いてくる。
「どっちって聞くのは野暮か。連中のこと聞きてえんだろ?」
「はい、こちらでもアリーナの皆様が望んでいらっしゃると思い調査しております。エシュメールの新メンバーはなんと民間軍事会社のパイロットなのだそうです。いうなれば、助っ人だと判明いたしました」
「ほほう」
あまり驚かないところを見ると、独自に調査もしていたのだろう。
「助っ人じゃ割に合わねえだろうに」
「契約料金はお高いものなのでしょうか?」
「俺もよく知らねえが、アームドスキンの運用費を考えりゃ一般人が目を飛び出させるほどになんだろうな」
クロスファイト運営も相場までは調べていない。それはワークスチームに所属するガイナン選手のほうが詳しいだろう。
「真っ当に考えりゃ、小遣い稼ぎにしゃしゃり出てきたってとこか? エシュメールはメンバー足らずで都合が良かったって寸法だ」
確かに辻褄は合う。
「まさに賞金稼ぎというわけですね?」
「だとすりゃ嘗められたもんだぜ。そろそろ痛い目見てもらわねえと困るな」
「対戦相手のチーム『ウェイデガー』もガイナン選手と同じことを思っていらっしゃるでしょう。やはりエシュメールには厳しい展開になりそうです」
彼女もクロスファイトを侮辱されているような気持ちが多少ある。
「ま、もう一人連れてこねえ時点で嘗めてるってもんだよな」
「メンバーは四人のままです」
「投票権でも買って、別口で稼いでるのかもしれないな」
単なる冗談である。選手は投票権の購入を禁止されているし、購入ページにログインするには身分証明が必須となっている。ルール違反は難しい。
「そうしている間に両チームが開始位置に到着です。準備はよろしいでしょうか?」
特にアクションはない。
「では、ゴースタンバイ? エントリ! ファイト!」
「またスティープルに逃げる気か?」
「エシュメールから露骨な牽制砲撃が入りました」
前面の三機が両サイドに分かれ、スナイパーが連射を放つ。それは相手チームの足元を綺麗に薙いでいて、出足を潰すものであった。逃がすまじと構えていたウェイデガーは動きを止める。
「おっと、これは定石どおりの砲撃戦になりました。双方、撃ち合いつつの様子見です」
リフレクタの叩き合いになっている。
「いつもの癖がねえな。今日は真っ向勝負か?」
「エシュメールは徐々に押されているような感じもしますが、そのままスティープルに……、はい? 早くもウェイデガー、一機撃墜判定です!」
「やりやがった」
スナイパーの射線は開いたままだった。ルイン・ザが放った連射がリフレクタの右上を連続して叩いた。小さい反動ながら連続すると多少は揺らぐ。できた隙間にビームを滑り込ませて脚部破壊する。機能停止でつんのめったところに一撃が飛び込んでいた。
「一瞬の撃墜劇ぃー! ウェイデガー、動揺が隠せません!」
「よく考えりゃ、それくらいはやってのけるか」
実況しそこねたリングアナは後悔している。
「ここでエシュメールが動きます。スティープルに入り込んでいってしまいました」
「逃げようとすりゃ狙われるから奇襲掛けやがったな。味なことしやがる」
「これは意外な展開です。誰もが予想し得なかった作戦で先手を打ち、同数の状態に持っていきました」
油断ならない試合展開に焦りを覚える。エシュメールは助っ人加入以降、あまりに多彩な色を見せていた。集中しなければ追いつけないと思う。
「追うウェイデガー。しかし、それはエシュメールの術中かもしれません」
前の試合を彷彿とさせる。
「しかし、動揺も一瞬のこと。整然とフォーメーションを再構築しました。これはスティープルを利用しての各個撃破の構えだと思われます」
四機がフォーメーションを組み、滑るように障害物の林に入っていく。バラバラに潜っていったエシュメールの各機とは大きな差を見せつけているかのよう。
「思いどおりにはいきません、エシュメール。どうするつもりなのでしょうか?」
「バラバラじゃいけねえな。援護に戻ってくるしかねえ。それはウェイデガーの思うツボだぜ」
「作戦が凶と出ましたでしょうか。一転してエシュメール、ピンチぃー!」
リングアナは俯瞰映像を注意深く観察しているつもりであった。
次回『ぬくもり感じ(6)』 「確かにガイナン選手の解説のとおりの展開になっております」