ぬくもり感じ(3)
「ただいま」
少女の声がユニゾンする。
「おかえりなさい」
「お腹へったー」
「オヤツー」
フュリーはケイティの胸へ、レンケはオリガの胸へと飛び込んでいく。抱きしめられて嬉しそうな表情が全てを物語っている。
(やっぱり一番は家族なんだよねぇ)
二人にとって親は彼女たちなのだとルオーは思う。
「オヤツ食べよー」
「食べよー」
「食べるぅ」
さんざんつまみ食いしていたはずのクーファも一緒になっているのはご愛嬌。カフェのほうに戻ってきた少女たちは育ち盛りの旺盛な食欲を発揮する。
「ルオお兄ちゃん、今日ね」
「聞いてー。レンケ、今日はー」
「なにかありましたか?」
少女の口を拭きながら今日の出来事を聞くのがルーチンのようになってきていた。口にする日常は日々大差ない。それでも、二人にとっては大事な一日いちにちである。真摯に耳を傾けてあげるのが素直に育てるのに大切なことだと忘れていない。
(妹のサリーもこんなだったなぁ)
六歳下の妹がフュリーやレンケと同じ六、七歳の頃、彼はジュニアスクールの高学年に入ったあたり。父親の事業もまだ傾いてなく、安定した生活を送っていた。
それから二年経ち、自我もしっかりした頃に貧しくなってしまう。サリーは年齢のこともあり、しっかりした福祉制度の保護下で不自由ない保障を受けていたが、ルオーは義務ながら高等教育になってしまう。軍学校への進路を決めて、家を出ることにした。
(めちゃくちゃ泣かれたなぁ)
よく面倒を見ていただけに兄の独り立ちは衝撃が大きかったようだ。しかし、妹だけならどうにか普通に暮らせる程度の援助しかない以上は他にない決断。後ろ髪を引かれる思いで家を出て、それからの成長を見守ってやることはできなかった。
(努力して、それなりに普通を謳歌していたみたいだけど)
その後のことは数週間に一度の頻度の通話がメインだ。年に一度だけ里帰りはできたが、その頃には兄抜きの生活ができあがっている。会話が弾むようなこともなく、一言二言続けばいいほうだった。
(なんだか、ジッと観察されてたような気はしたけど)
生来の見事な金髪の似合う美少女に育ってくれたので満足だ。今は暮らしに不安はないし、思慮深い性質も相まっていい人に巡り合うことだろう。
「どうしたの?」
ケイティが不思議そうに覗き込む。
「ちょっとですね、妹がこの時分だったときを思い出しまして」
「そういえば妹がいるんだったわね」
「ルオお兄ちゃんの妹?」
「お友達なれる?」
少女は興味津々だ。
「うーん、今年で十七歳になりましたので友達にはちょっと。いいお姉さんにはなってくれるかもしれません」
「十七歳?」
「大人だー」
目を丸くしている。彼女たちにはそう思える年だろう。
「どうしてるの?」
ケイティまで気にしている。
「どうしてるんでしょうね。もう三年以上会ってませんので」
「え、なんで?」
「父の事業の関係で生活にまったく不安のない状態になったので心配してません」
干渉するような年でもない。
「でも、もう独り立ちが近い時期じゃない。帰ってあげたら?」
「そうですね。近いうちに一度帰るのもいいかもしれません。まあ、自分なりの進路をもう見つけているでしょう」
「そう? 相談したいんじゃない? だって、ルオー、とってもいいお兄さんだったっぽいもの」
思いもしない返事が来た。妹にとっては願いを振り切って出ていくような無情な兄で終わったように思っている。今さら、助言を聞き入れてもらえるような関係性が残っているとは思えない。
「民間軍事会社を立ち上げて旅立つときも素っ気なかったんですけど」
特に感慨もなく見送られた。
「心配させたくなかったんだと思うわ。ほんとは引き止めたかったのかも」
「そうですかね」
「乙女心って複雑なのよ。十四歳なんて、お兄さん好き好きとか恥ずかしいと思っちゃう。内心はどうでも態度には表せられなかったんだと思う」
そう言われると、妙に無表情なのが思い出されて気になった。
「そうであってほしいと思うのは希望的観測です。でも、悪くないですね」
「でしょ? だったら会って話してあげて」
「里心がついてしまうではありませんか」
ケイティがどんな思いを持っているのか掴みかねる。家族関係が良好とはいってないのかもしれない。同居していないということは、兄夫婦の遺児を引き取るといって譲らない彼女を両親は突き放したか。
(ご両親は苦労するとわかってて止めたんじゃないかと思う。経済的に育てられない以上、国の福祉機関にお願いするのが順当かと)
父母の気持ちも理解できなくもない。
(それでも、頑として譲らなかったのは彼女もお兄さんが大好きだったからかなぁ。その感情が言わせてるんだとしたら、聞かないのも申し訳ないねぇ)
膝に乗るレンケの髪を撫でていると昔の記憶が蘇ってくるような気がした。その頃の彼はそんなことしただろうか? あまりに多くのことがありすぎて思い出せない。
「心配させるのは不本意なので、そのうち一度帰ってみることにしましょう」
「ええ、それがいいわ」
ケイティの瞳に浮かぶ感情の色が妹のそれに似ている気がしてルオーは心動いた。
次回『ぬくもり感じ(4)』 「どっちにせよ勝たないといけないんです」




