今に至る(1)
ライジングサン起業から二年、今では一部の星間平和維持軍部隊のようなお得意様もでき、多少のコネクションも形成できている。ただ、パトリックが願っていた英雄の道まっしぐらとはいかない。
(まあ、あれも方便みたいなものだったからな。なにかを目標にしてないと尻が落ち着かないみたいな。若さだっていえばそうだったな)
あのまま国軍に入隊していたらどうなっただろうか。今でも思うことはある。しかし、後悔はしていない。ずいぶんと視野は広がったと思う。
「なんか依頼あんのか?」
ルオーに尋ねる。
「君の嫌いなお使いみたいな依頼ばかりですけどね」
「別にいいや。クガ艦長の依頼で儲けは出てるんだから入国料くらいになりゃいいじゃん」
「はい。補給はしたいですし、ここの名産品も食べてみたいもんです」
未だに敬語の抜けないルオーだったが新たな発見もある。特に趣味のない男にも食道楽はあるようだ。各地で美味しいと感じるものを見つけては仕入れ、可能なら家族にも送っていた。
(あれ以来、家族とはあまりコンタクトを取ってないオレとは大違いだな)
情や義務感とも違う、それを楽しんでいるふうがある。
「護衛依頼ですけど大丈夫です?」
「ああ、請けるか。どんなんだ?」
「わりと少なくないタイプのあれです」
子どもというのはいつの時代も乗り物が大好きである。昔であれば、特に軍用機となると普通は触れる機会がない。ところが、現代は軍用機の最前線たるアームドスキンが民間にも販売されている時代だ。
ただ、高価過ぎてそうそう購入するわけにもいかないが、彼らのような民間軍事会社への依頼であれば身近に触れ合える機会を作れる。上流家庭の子どもはアームドスキンを呼び寄せることが可能なのだった。
「ピクニックの護衛ですよ。父親は政府関係者らしいですけど、プライベートに軍まで動員するわけにはいきません。そんな理由付けで子どもにアームドスキンを触らせてあげようっていうやつです」
「最近多いな。垣根が下がってきてないか?」
「中央とかでやってるクロスファイトの影響ですかね? 試合を見て、子どもがアームドスキンに夢中になってしまうみたいです」
世情も合わさり、ライジングサンみたいな小規模安価なPMSCに依頼が集中してしまっている。華々しい活躍のない、ほとんど託児所訪問みたいな仕事がパトリックは好きになれないが、非常にコスパのいい依頼なのは否めない。
「いつもどおりお前に任せる。オレは降りたらコクピット待機すっから」
「怠惰ですねぇ。まあ、いいです。子どもと本気で喧嘩されても困りますし」
「いつ、子どもと喧嘩したよ!」
もう一つの気づきとして、ルオーが妙に子どもの扱いが上手い点がある。見た目があれで、荒事師の剣呑な空気をまったく感じさせない彼は子どもウケがいい。大概は高評価を付けてもらえて依頼が入って来やすい状態になっていた。
「じゃあ、ダイトラバに降りますね」
「適当にやってくれ」
ここは星間管理局の宙区割りでオイナッセン宙区と呼ばれる星域。その中の惑星国家ダイトラバへとライジングサンは舳先を向けた。黄緑色の船体が定住惑星の青の光に馴染んでいく。
ほんの三十年前までは考えられなかった光景である。人類は大気のある惑星での安全な生活を捨てられない。しかし、重力は産業の発展に重く伸し掛かってくる。人々は惑星離脱コストを低減するために軌道エレベータを建設していた。
(それが今じゃ500m以上あるような戦闘艦や民間船でも当たり前に惑星降下するんだもんな)
アームドスキンと同時に流入してきた反重力端子がそれを可能とした。電力供給だけで慣性力、つまり搭載物体の質量そのものをコントロールしてしまう機器が重力の軛と時空間航行の難しさを取り払ってしまう。
人類は宇宙との行き来の自由度を大きく上げられた。超光速航法「フィールドドライブ」と合わせて人類圏の生活状況は一変し、産業の形も変化を受け入れつつある。
「ダイトラバの入国税、高いんですねぇ」
『ここはそれで観光資源の環境維持をしてるみたい。ほら、都市圏は発達してるけど、ちょっと離れただけで緑がいっぱいでしょー?』
「ほんとです。確かに休日にはピクニックに行きたくなる気持ちがわかりますね」
高度が下がってくると地上の様子も目に入ってくる。山々は緑豊かで、麓には丘陵が広がり湖沼も点々としているのが見て取れる。降下している首都近郊でさえその有り様なのだから、惑星全体で自然保護に熱心な国家だと思われた。
『国の特色の出し方なんてそれぞれ。ダイトラバは産業発展に注力しないでゆとりある暮らしのほうを選んだのよ。それだと観光客によるモラルハザードが起こりやすくなるから入国税で入出管理ってね』
「兼ね合いが大変そうですけど政府の人が頑張ってるんでしょうね」
軌道エレベータ時代に比べると入国のハードルも下がっている。管理も若干は難しくなったはずだが、ほとんどが惑星単位の国家が主流の昨今、人工衛星による入国管理も行き届いていると思われる。
(お陰で気軽に仕事もできる。ほんとに、こぼれ仕事を拾って歩くような状態だけどさ)
パトリックも少々ルオーに感化されたのを否めなかった。
次回『今に至る(2)』 「お前、黙ってたな?」