ぬくもり感じ(1)
カフェ『エシュメール』は大繁盛している。もちろん、クロスファイトチームのパトリック・ゼーガンが宣伝したからに他ならない。彼女もひと目見て推しになった彼に会いたくてやってきた。
ところが、調べて来店してみれば大わらわである。小さな店舗に客が集まり、外まで長蛇の列ができあがっていた。彼女もようやく友人と席に通される。
「やあ、いらっしゃい。オーダーはメニューパネルで頼むね」
確かに目的のパトリックがいる。それだけでなく、なんとチーム『エシュメール』の選手全員がいた。皆が忙しく立ち働いている。
「え、ここって配膳ロボもいないの?」
「そうみたい。だって、全部メンバーが運んでるし」
配膳ロボがいないということは、注文を人が運ばないといけない。のみならず、テーブルの食器の上げ下げから清掃まで全て人の手で行わなければならない。完全に処理オーバーしている状態だった。
「待たされたの、それが原因だったんだ」
「今どき、そんな店ある? 信じらんない」
彼女にとって都合はいいものの、あまりに待たされるのはいただけない。しかも、パトリックは席に通してくれただけで注文を持ってきたのは別のメンバー。推しが全部面倒見てくれるわけではないのは拍子抜けであった。
「せっかく来てもこれじゃねえ」
「ちょっと期待外れかも」
アーティストのコンサートではないのだ。せめて、一言二言なりとも会話ができるかと思ってやってきても、別の誰かの相手ばかりではつまらない。忙しそうにしている姿を拝みに来たのではないのである。
「みんな、残念がってる」
「そりゃあね」
選手以外の店員は一人だけ。それも、ほとんど奥から出てこない。普段はどうしているのかわからないほどの状態である。
「でも、めちゃくちゃ美味しくない?」
「うん、すっごく」
出てきたパフェの味は最高だった。それは払った金額に見合うだけはある。味わっていると、小さな女の子二人がテーブルの間を駆けていった。
「え?」
「子連れのお客さん?」
ところが、子どもを探している感じの客はいない。自由に駆け巡っている様子だった。
「お店の人の子なのかな?」
「わかんない」
そうしていると一人の青年が現れる。彼も選手だと思い出した。試合後にインタビューを受けていた眠そうな顔のとぼけた青年である。
「フュリー、レンケ、今日は忙しいから駄目ですよ」
「はーい」
両手に女の子二人の手を繋いで厨房のほうへと戻っていく。彼はコックコートを着ていた。
「お父さん?」
その光景に二人連れの女性客は和んだ。
◇ ◇ ◇
「パトリック、この野郎」
オーサムは食って掛かる。
「お前が無責任なこと言うからめちゃくちゃになっちまっただろうが」
前日の試合でパトリックがカフェの宣伝をしたばかりに、彼目当ての客が押しかける羽目になった。テーブルはもちろん厨房も全くまわらず、手伝いに慣れたケイティが入らねばならない。それでも足りずに、ルオーが補助している始末。
「テーブルのほう、俺とストベガとチャルカでまわさなきゃなんなかったんだぞ」
総動員である。
「オレも手伝ってたじゃんよー」
「お前が騒ぎの元凶だ! できるだけ満遍なく相手してやんないと不公平だから俺たちでフォローしてたろうが」
「仕方ないさ。オレに会いたくなるのは世界の常識だろう」
悪びれない。
「お前の狭い見識に巻き込むな。疲れた身体に鞭打って働かなきゃなんなかったんだぞ」
「疲れる? それはお前たちの作業にスマートさがないからじゃん」
確かに疲労困憊なのは元々のメンバーだけ。厨房のオリガが目の回るような忙しさだったのはもちろん、ケイティも厨房の補助しつつのフロア作業。選手メンバーは慣れない作業でくたくた。なのに、パトリックとルオーは涼しい顔をしている。
(こいつもフュリーとレンケの相手もしてたはずなのに平気しやがって)
眠そうだが疲れたふうはない。
(なんてスタミナなんだよ。慣れてないはずだってのに)
ルオーは調理はできないが、材料出しと食器の準備を担当していた。のそのそと動いているようで、いつの間にかこなしている。目配りし、非常に効率的に動いている様子だった。
「起こってしまったことはどうしようもありません」
閉店後の今も女の子二人を寝かしつけてきて、まだ余裕で議論に加わる。
「対策しましょう。調べてみたのですが、配膳ロボのレンタルがあります。こちらを頼みましょう」
「う、うん。そうしましょ。じゃないと過労で死んじゃう」
「平日はそれほどにはならないと思います」
計画を練っている。
「今日限りじゃね? 待たされて幻滅しただろうし」
「残念ながら無理そうです」
「なんだって?」
「これはエシュメールに関するレビューチャットボードです」
そこには非常に混んでいるという評価が大半を占めている。ただし、出てきたスイーツはどれも高評価で、リピートを思わせるコメントがかなり多かった。
「多少は落ち着くと思います。平日は少なめでもいいですが週末は数を投入しましょう。どうです?」
「そうしましょ。わたし、オリガの補助に専念するしかなさそう。ロボじゃ無理だもん」
「そのうえで、時間を告知してパットがテーブルをまわる作戦で。それで満足していただきましょう」
キビキビと段取りするルオーをオーサムは呆気にとられて眺めていた。
次回『ぬくもり感じ(2)』 「子どもが一人増えただけな気がしなくもないんですが」