日向のような(2)
「へとへとだよ。もう、なにする気力も体力もない」
「なんでもいいからメシだ、メシ。食わなきゃぶっ倒れる」
騒がしくカフェ『エシュメール』戻ってきたのはチーム『エシュメール』のほう。オーサムとストベガは連日疲労困憊の様子で帰ってくる。
(ずいぶん練習頑張ってるものね)
そうとわかっているケイティは注意もしない。
「ありがたい」
黙ってテーブルに用意していた料理を並べると友人たちは競って口に運ぶ。
「はー、生き返る心地だ」
「いつもどおりの夕食だったら途中で力尽きてたよ」
「ちゃんと付けてあるんだから、賞金で払ってちょうだいね」
男たちは口いっぱいに頬張りながらこくこくと頷いている。どこまで当てになるかわからないにしても、彼らの頑張りに報いたい気分で毎日の夕食をオリガと準備していた。
「おや、クゥはどこに?」
あいかわらず、ふわりと気配もなくルオーが戻ってくる。
「あ、どこかしら? フュリーとレンケと遊んでくれてたと思うんだけど」
「だったら中でしょうか」
見える範囲にはいない。別のテーブルでは料理を運んできたオリガの手を取ったパトリックが賛辞を送っているだけ。いつもどおりの風景だ。
「ここでした」
一緒に厨房の奥を覗くと三人がいる。
猫のように丸くなって寝ているクーファの懐に入り込んだフュリーが胸元に、レンケが腕にすがりつくようにして眠っている。まるで柔らかな光を放っているかのような光景だった。
ルオーはただ見守るように微笑んでいる。顔つきを見ていると、そのまま一緒に眠りたがっているようにも思えた。手を伸ばし、猫耳娘の肩を揺する。
「クゥ? クゥ? ご飯ですよ」
優しい声が紡がれると猫耳がピクピクと反応する。
「ごはん? ルオ?」
「はい、起きませんか。一緒に食べましょう」
「食べるぅ」
まだ目を擦っているフュリーとレンケを抱き上げると、腰に掴まるクーファを促している。まるで父親のような雰囲気だ。
(恋人なら断然パトリック。すごく楽しませてくれそう)
イケメンだし、女性の扱いにも長けている。
(でも、結婚するなら彼かも。クゥはいい人見つけたのね)
「慣れてる?」
「妹とは少し年が離れてたので。よく面倒を見ていました」
柔らかい声音にケイティは思わず距離感を間違える。腕にすがってフュリーの頭を撫でてしまった。焦って猫耳娘のほうを見るとにっこりと笑っている。
「ルオといると眠くなるぅ」
「どうせ万年眠たそうですよ」
「あったかぃ」
ぽかぽかとした春の日差しの下でくつろいでいるみたいな気分になる。ルオーが普段感じさせる思慮深さはどこか安心感をもたらすものがあった。
「オリガさんの美味しい夕食が毎日いただけるなんて幸せです」
「わたしも手伝ってるんだから」
「これは失礼。お二人の、と言うべきでしたね」
ケイティはそのままテーブルへと誘った。
◇ ◇ ◇
週末のトリアの日、午後の家族連れの多い時間帯が過ぎ去ったカフェ『エシュメール』。常連がほとんどなのを見計らってケイティは中型投影パネルで試合中継を映す。
「そっか、オーサムたち、今日復帰戦?」
「そうなんです。ごめんなさい、気になって」
「いいわ、皆で応援しましょ。クロスファイトのこと、よくわからないけど」
常連たちも気前よく賛同してくれる。
オリガも厨房から出てくる。彼女もケイティも詳しいわけではない。ドームに足を運ぶ女性ファンもいなくはないと聞くが、コッパ・バーデではどちらかというと男性客が多い印象だ。投票権を買った者が生で結果を知りたがったり、試合に熱狂するものと思っている。
「本日のメインゲームまであと少し、徐々に盛り上がってまいりました」
リングアナが実況している。
「次に登場するのは久々の顔ぶれです。最近苦戦続きのチーム『エシュメール』。一時は若手のホープと期待されましたがノービス2クラスに留まっております。新メンバーを加えての初戦はどんな試合を見せてくれますでしょうか」
煽っているが、アリーナはそれほど盛り上がらない。相手チームの紹介になると、にわかに声援が聞こえはじめる。相手もプライベーターながら格上のエースクラスのチームらしい。
(期待されてないのね)
直近数戦、負け続きでは致し方ないだろう。
「では、試合開始です! ゴースタンバイ? エントリ! ファイト!」
ゴングが鳴った。
開始と同時にモスグリーンのアームドスキンが反転して駆け去る。そのまま金属柱の林の中へ逃げ込んでしまった。
「おーっと、どうしたことでしょう? 怖気づいたか、新メンバー!」
彼女も驚いた。
「ルオー、お前、逃げるな!」
「ちょっと、ちょっと」
「気にするな。それよりお前らは試合相手に集中しろ」
コクピット内の会話も中継に乗っている。そういう仕組みなのは知っているが、聞いていると少し残念な気持ちになった。
(あのアームドスキンが『ルイン・ザ』っていうルオーのよね。どうしちゃったのかしら? 緊張で混乱しちゃった?)
心配になる。
「ルオの勝ちぃ」
「え、どういうこと?」
クーファの言葉にケイティのほうが混乱してしまった。
次回『日向のような(3)』 「耐えろ。一分と掛からん」