割り込まれて(4)
首を傾げるルオーにパトリックは呆れる。全体に雑というか、おざなりというか、自分の道具に対する執着がない。
(命を預ける機材だというのに気にならないのか?)
自身が必死だっただけに萎える。
「そういえば聞いてませんでした。ティムニ、これはどこの会社のアームドスキンです?」
その質問で、この妙な操船AIが準備したアームドスキンだと知る。
『市販されてないけど』
「なんだと? まさか専用機とは言わないだろうな」
『ううん、かなりカスタマイズしてるけどベース機体は存在するー』
不確かな表現をする。
「そのわりに洗練されているように見える」
『んふー、腕だよ、腕ー。ベース機体が完成度高いのもあるけど』
「ティムニは頼りになりますから。凄いんですよ」
『でしょでしょー』
妙な絆が生まれている。元々流され体質のルオーだがAIの舌先三寸に簡単に丸め込まれるとは思わなかった。
(まさか、AIと名乗っているが、どこかに本人がいてこいつを操ろうとしてるんじゃないだろうな。そこまでの価値は……、なくもないし)
にわかに不安になってくる。
「そういえば、結構パワーもあってしっくり来るんですよね。実習用の共用アームドスキンと違ってチューニングしてもらった機体ってこんなに馴染むものなんでしょうか」
呑気男は疑問というよりただの喜びを口にしている。
『そりゃ、ルオー専用にセットしてるもん。また少し手を入れたから、宇宙に上がったら合わせしといてー』
「ええ、当分は暇ですし」
「整備士も紹介してくれ、ルオー。オレのカシナトルドを任せられるか確認したい。なんだったら、こっちで調達しないといけないんだから」
気になっていた点を尋ねる。
「いませんよ。僕とティムニだけって言いませんでしたっけ?」
「言ったな。言ったが、それは経営に関してだけじゃないのか。普通、機動兵器を運用するならそれなりのスタッフは不可欠だ」
『カシナトルドくらい任せてよ。あたしがやってあげる。イオン駆動機構の交換部品となると自動工作機頼りは無理だから調達しないとだけど』
開いた口が塞がらないとはこのこと。どうやらルオーはたった一人で宇宙に出ていくつもりだったらしい。
(オレを世間知らずだと軍学校の連中は噂してたが、こいつのほうがよほど浮世離れしてるじゃないか。なにもかもが適当すぎる。こんなんで事業を始めるとかどの口で言う?)
ルオーに大雑把のどんぶり勘定男の代名詞が加わった。
「そんな生易しいもんじゃないぞ。やっていけるつもりか?」
経営の難しさを説いてから訊く。
「どうにかなると思いますよ。業界に食い込んで荒稼ぎしてやろうって気じゃありませんし」
「悠長に構えてたら、あっという間に破産するぞ?」
「どうせ、こぼれ仕事を拾って歩くような運営になりますよ。幸い、ティムニがライジングサンの船籍も事業の籍も管理局で登録してくれたんで広範囲にいけますから」
パトリックは端正な顔立ちを歪める羽目になる。当然、マロ・バロッタの国籍で経営するのだと考えていた。星間管理局籍など簡単に手に入るものではない。推薦が必要だ。それだけに信用度も高く、入国手続きなども簡素化できる。
「お前の運の良さを侮っていたかもしれない」
「僕も我ながら幸運だったと思ってますよ。まあ、これまでの不幸のツケにお釣りが付いて戻ってきてるとでも思っててください」
『そーそー、気軽に気軽にー』
(こいつが一番信用ならない)
ふわふわと踊る操船AIを胡乱な目つきで眺める。
しかし、現実には船底フロアから何本もアームが伸びてカシナトルドのチェック作業を始めるところ。ルイン・ザにもケーブルが繋がっていて、常に状態をモニタしているのだと思われる。データのチェックをしつつ書き換えも行っているのかもしれない。
(まるで軍用艦と同じ密度でメンテナンスが行われているみたいに)
必要最低限でコスト削減をする民間の運用とは違うと感じる。
「すると、依頼は広範囲で幅広く受け付けるつもりなんだな?」
確認する。
『はーい、もうカンパニーページ立ち上げて募集かけてありまーす。ルオーだけのつもりだったから条件つけてあったけど緩くしていい?』
「ああ、そうしてくれ。小規模な護送依頼とか、増員での参加とかなら十分間に合うはずだ」
『うん、書き換えたー。これで入ってくるかも』
ティムニものんびり構えている。
「えー、もう仕事するんですかぁ?」
「働く気ないのか?」
「もっとゆったり慣らしていこうと思っていたのに」
「働け!」
放っておくとうたた寝して暮らしそうな呑気野郎を叱咤する。先が思いやられそうな気がしてきた。
「あきらめますから、もっと砕けた感じでいきましょうよ、パトリック君」
「わかった……よ。学校時代みたいに守るもんもないしな。オレのことは『パット』でいいぜ、ルオー」
虚勢の通用しない相手に少し気を緩める。
「パットですね。わかりました。お願いします」
「その代わり、オレの意見も訊くんだぜ? 事業は二人でやるんじゃん」
「そうですね。お互い、尊重する感じでいきましょう」
諸々条件を詰めるが、ほとんどの取り決めをティムニが仕切ってしまう。割り込みした以上は譲歩すべき点だとあきらめる。
こうしてパトリックとルオーの民間軍事会社生活は始まった。
次回『今に至る(1)』 「わりと少なくないタイプのあれです」