当たった先は(1)
今回の株式会社ライジングサンの仕事はありふれた護衛だった。商社の息女が結婚で転居する先、惑星コッパ・バーデまでの船旅のガードである。ルオーは乗り気ではなかったのに、パトリックが勝手に請けてしまったのだ。相方が危うく口説き落としかけたもののどうにか阻止し、なんとか送り届けて事なきを得た。
(あれ、長続きしそうにないなぁ。パットにぐらつくようじゃ先が思いやられる)
ともあれ、完遂して支払いも済ませてもらったのであとのことまで面倒見れない。
「息抜きしましょうね?」
「するぅ」
いつもの如く、パトリックは現地で放流して彼とクーファの二人はグルメ探訪の道に着いた。コッパ・バーデは工業系の産業振興が盛んな国で、観光にあまり熱心でない。首都なのに目ぼしい店は数少なく、レビューほどの味わいも得られない。
(荒っぽい感じの人が多いし、あまり見込めないかもなぁ)
工員が多く、質より量という空気が否めない。
「尋ねる相手にも困ります」
「クゥ、疲れたぁ。甘いのほしぃ」
「適当に休みますか」
小さな間口のカフェに行き当たる。サインパネルは『エシュメール』と記してある。覗いてみれば、十席に満たないテーブルが並ぶ小ざっぱりしたスペースだ。
(空席が目立つけど大丈夫?)
不安がよぎる。
メニューパネルに招かれ席に着く。スライドさせると意外に多くのメニューが流れていく。しかも、なかなかに手の込んだものに思えた。
(こんなのを自動調理器で? ちょっと無理そうな気がするねぇ。画像を当てにしすぎないほうがいいかも)
流行っていない小さな店舗。看板に偽りありの可能性もある。しかし、クーファの目は爛々と輝いていた。期待に胸膨らませているのは間違いない。
「クゥ、ここは無難に……」
「これにするぅ!」
見た目で早々に決めてしまう。ルオーは警戒してオーソドックスなフルーツパフェにしておいた。それなら間違いは少なかろうと思ったからだ。
「ご注文はこちらでいいですね?」
意外にも配膳ロボでなく人が運んでくる。
「来たぁ」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「ごゆっくり」
輝くような笑顔の若い女性だ。パトリックが気まぐれに一緒じゃなくて良かったと思う。そうだとしたら居着いて離れなくなるだろう。
「いただきましょう」
「んー」
断るまでもなくクーファは手を伸ばしている。彼もなんの気なしに口に運んで、そこで停止した。
(なんだ、これ?)
言葉にならない。
(それほど凝ってない普通のものなのにこの味わい、……いや、完成度は?)
衝撃の一口目を終えて一度冷静になる。小さなスプーンに感じる手応えにおかしなところはない。強いていえば、見た目よりもずっと軽い。抵抗なく、さくりと入っていく。
それなのに口に運べば濃厚さを感じる。くどさは欠片もない。口中でふわりとほどけると舌の隅々まで伝わっていく。幸せのハーモニーが。
(なんだろう。素材は特に変わったものは使ってないんだけど)
入手しやすいものが詰め込まれている感じ。
(そうか、バランスが絶妙なんだねぇ。生クリームとアイスクリームの配置も。それと温度も。それぞれの甘みまで計算され尽くしているみたいだ)
時間を経ると大事なバランスが失われそうに思えてスプーンを運ぶペースが早くなる。しかし、一口ずつしっかりと味わいたい感情に捕らわれてしまってもいた。
そうしているとわずかに溶けてくる部分も出てきて残念に感じる。ところが、溶けたアイスがサクッとしたフレークに滴るとそれがまた最高の食感と味を生み出した。
「絶品です!」
「早く次をぉ」
クーファの表情も完全に蕩けていた。
どんどん食べたいのに、眼の前の一品を食べきるのがもったいない。そんな感情をルオーも実感していた。まるで魔法のようなスイーツである。
(僕としたことが……)
迷いと至福の間に漂っていると横で人の気配を感じる。完全に油断しきっていた。
「おや?」
小さな女の子だったので警戒を解く。
「食べます?」
「うん!」
「あー……」
無警戒に彼の膝に乗ってくると口を開ける。無邪気な様子に、なにも考えずに一口を持っていった。口に含むと幸せそうに顔をほころばせる。足をパタパタさせて美味しさを表現していた。
(しまった。パフェに夢中になるあまりに変なことをしたなぁ。親御さんに見られると疑いの目を向けられてしまうかもしれない)
スイーツで女の子を籠絡しようとしている変質者の行動だ。通報されるかもしれないと思うと冷や汗が吹き出してくる。思わず周囲を窺った。
「美味しいねぇ」
「うん、美味しい」
はたと気づくと、正面の猫耳娘の膝にも女の子が居座っている。サイズ感が丸っきり姉妹であるのでルオーほど疑わしくもない。突破口を見出して頭をフル回転させる。
(迷子をクゥと保護してることにする? でも、迷子になるほど広い店内でもないしなぁ)
言い訳としては苦しい。
「あー、もう。駄目でしょう、お客さんのものを食べちゃ」
パフェを運んできてくれた若い娘がやってきて注意する。
「すみません、この子たちったら。ほら、フュリーもレンケも謝って」
「いえ、構いませんよ。勝手をしたのは僕のほうですので」
「でも……」
(よかった。お店の子だったんだ。それなら妙な目で見られたりしないよねぇ?)
ルオーはようやく固まっていた表情を緩めた。
次回『当たった先は(2)』 「偶然です。僥倖を味わっていたところですよ」