旭冴え(6)
ライジングサンの二人を先頭にモンテゾルネ軍のアームドスキンの一部が穴を通り抜けて降下していく。アデ・トブラ迎撃部隊にとっては最悪の事態となった。意識が散漫になり、多くの機体が撃破されたり大破させられたりしている。
「コクピットから出て武装を放棄しろ」
ムザはビームランチャーを突きつけられ従う。
「イルメア……、ツワラドにナッシュも」
「ごめん。あいつらにやられちゃった」
「すまん」
「こんなはずじゃ……」
同じワイヤーに繋がれると会話が成り立つ。申し訳なさそうな隊員に彼は力づける言葉が見つからない。
(間違っていたのは自分なのか?)
自身を見つめ直す時間はたっぷりありそうだとムザは思った。
◇ ◇ ◇
アデ・トブラの首都はパニック状態になる。ありとあらゆる警報という警報が鳴り響き、人々は右往左往していた。
悪夢が現実になったと思いながら逃げる先を探す。ところが防空部隊と交戦したモンテゾルネのアームドスキンは上空を通り過ぎていくだけだった。
「ひっ!」
なぜかと見送ると、首都の外れあたりで地上への攻撃を開始。戻って来る機影にいよいよかと恐怖した。
「はい?」
しかし、アームドスキンの一団は政庁を包囲しただけで止まる。首都警備部隊も政庁に武器を向けられた状態では攻撃ができない。妙な膠着状態が生み出された。
市民はどうなるかと見つめるだけだった。
◇ ◇ ◇
「いったい、なにを……」
ビームランチャーを突きつけられた大統領はじめ閣僚は戸惑う。
「初めまして、皆様」
「お前は?」
「モンテゾルネ艦隊司令のデヴォー・ナチカと申します。お願いにまいりました」
通信パネルが開き、フィットスキンの女性が微笑む。
「お願いとは?」
「当方に攻撃意思はありません。なので、部隊は穏便に離脱させていただけませんこと?」
「なにを言う。あろうことか地上攻撃をしたばかりではないか!」
近郊ではまだ煙が色濃く立ちのぼっている。被害状況は確認できていないが、相応の人的被害も出ているはずだ。
「あら、あれは我が国の施設を廃棄処理しただけですわ。あのイオン駆動機工場には開示できない様々な技術が使われてますもの」
確かにその場所だった。
「従事していた従業員は技術者含め全て本国へ帰還しております。無人のはずの場所を攻撃して被害が出たとおっしゃるのですか? それは妙な話です。まさか、乗っ取っていたとおっしゃるのではありませんよね?」
「い、いや、それは……」
「そんな話は伺っておりませんもの。事実だとしたら星間法の不当競争防止条項に違反する行為ですものね」
認めるわけにはいかない。それが実情であったからだ。
「そうだ。君らは不当に我が国の領宙領土を侵し、危険な武力行使をしている。ただちに退去したまえ。我らはゼオルダイゼ同盟の一員である。今に同盟国からの軍が大挙してやってくることであろう」
建前で論じ脅す。
「おそらく同盟国の方々は期待に応えられないことでしょう。だって、わたくし、救出した技術者の方からお聞きした内容を星間管理局に提出しておりますもの」
「な……!」
「ですので、我が国の部隊を黙ってお帰しくださいと申し上げているのですわ」
モンテゾルネ、地上警備部隊と二重に包囲された政庁の輪の外にもう一つの戦力が乗り出してくる。そのアームドスキンの一団は胸に星間保安機構のロゴを施されていた。
「アデ・トブラ政府に告ぐ」
新たなパネルが開いた。
「貴国に貿易に関する不正行為および人権事案の容疑が掛けられている。ただちに武器を収め、当方の指示に従え」
国軍パイロットにはGSO機に抵抗する気概などなかった。政府からの指示など待つことなく撤収していく。
「両国の戦闘行為に関して、星間管理局は仲裁の準備がある。要請を受け入れるか?」
「受け入れますわ。すぐに部隊を引き上げますのでお待ちください」
「……受け入れる」
大統領たちはそれ以外の選択肢を失っていた。
◇ ◇ ◇
講和の段取りが進み、艦隊撤収前に捕虜交換が行われる。その列にムザと彼の隊員も含まれている。
「あ奴……」
デヴォー司令の横には眠そうな青年の姿があった。出会ったときと同じ猫耳娘が彼女に絡んでいるのを困った表情で止めている。
「ルオー・ニックル」
声を掛けずにいられない。
「貴様はどうするつもりなのだ。それだけの力があって、どうしてスナイパーの権威向上に使おうとしない」
「まだ、わかりません? 僕は自分を分類なんてしてないんですよ。そのへんにいる普通の人なんで、大きなものを背負うなんて真っ平御免です」
「プライドはないのか?」
「それって微塵も依頼者の利益にならないじゃないですか」
当たり前のように言う。
(此奴は本心から誰かのためにしかトリガーボタンを押す気がないのか)
ムザの心はそこで折れた。
◇ ◇ ◇
「ご苦労さま。ルオーもパトリックもありがとう」
「報酬に秘蔵のクッキーを要求するぅ」
デヴォーは追加報酬を要求された。
「こらこら。ですが、あれで良かったんです? どうせ盗まれた技術はゼオルダイゼとか上のほうに渡されちゃったと思いますけど」
「構わないわ、易々と渡す気がないって姿勢を示せれば」
「なるほど」
それがアデ・トブラ強襲の理由である。モンテゾルネが今後も技術立国を貫くなら通さねばならない筋である。
「これで依頼完了でよろしいですね? 予算が通り次第、こちらのアカウントにお支払いをお願いいたします」
「ええ、必ず。クッキーも付けるから、またお願いしてもいい?」
「優先して請けるのぉ!」
猫耳娘には色よい返事をもらえる。
「それはなかなか。ですが、ライジングサンはいつでも依頼をお待ちしております」
「ほんとならウチに来ないって言いたいんだけど」
「引退後であれば承るかもしれません」
嘯くルオーにデヴォーは吹き出した。
次はエピソード『犬も歩けば棒に当たる』『当たった先は(1)』 「クゥ、ここは無難に……」