旭冴え(4)
モンテゾルネのデヴォー・ナチカ艦隊司令は戦術パネルで五個に分けたアームドスキン隊を縦横無尽に用いてアデ・トブラのの迎撃部隊を平たく広く押し伸ばしていた。撃滅ではなく、全ては突破のタイミングを測るためである。
「目的があるとはいえ、かなりリスキーな作戦だと思いますが」
「やらないわけにはいかないでしょう? 我が国がこれからも技術立国として歩み続けるのなら」
副司令の忠言に応じる。
目的は勝利ではない。目的地が迎撃部隊の向こうにあるから突破を試みているだけである。
「ですな。しかし、なかなか……、あ、あれは? 突出していきますが」
「いいのよ、あの二人は。ねえ、貴官は逆転親和性って知ってる?」
「なんですか、それは?」
それほど知られた単語ではない。知る者の中でも存在するか否か、意見の分かれるような話である。それを持ち出したのはパトリックだった。二人きりになったときに話のネタとして振ってきたのである。
「逆転親和性って知ってるかい?」
「なに、それ?」
そのときのデヴォーはまだ知らなかった。
「知らないよな。ほとんど都市伝説みたいなもんだし」
「オカルト?」
「いいや、理論的でないだけでオカルトとは違う。アームドスキンの操縦システムは人間と同じ動きができるよう構築されてる」
σ・ルーンシステムだ。平常時から運動データを蓄積し、それを機体と同調させてコントロールする仕組み。感応操作の基本である。
「だから、アームドスキンは操縦者ができることしかできない。理論としてはそうなんだ」
「だわね」
そのへんは彼女も理解している。
「ところが、生身じゃできないことをアームドスキンに乗ったらできちゃう奴がいたら?」
「筋が通らないじゃない」
「そう。だからオレもふざけた都市伝説だって思ってた」
肩をすくめてみせる。
「本物に会うまでは」
「ちょ、それって?」
「本物がいるんだよ」
(話の流れからすると該当者は一人しかいないじゃない)
なんの変哲もない眠そうな顔が浮かぶ。
「これ、関係ある話なんでしょうか?」
「それは今からわかると思うわ」
情報パネルに顔をしかめる副司令にデヴォーは微妙な笑みで返した。
◇ ◇ ◇
引き伸ばされた迎撃部隊。それは壁のように見えて脆く薄い。そして、全てをルオーの前にさらけ出してしまっている。
(配置もなにもないねぇ。柔軟といえば聞こえはいいけど、要は刹那的な対処しかできない。ムザ隊まで丸裸にしちゃったらさぁ)
本来は前衛の裏に守られて接近してくる敵を崩してしまうスナイパー部隊が壁の一角になってしまっている。そうしなければ、前後左右自由自在に動きまわる部隊の進路を防げないからである。
(丸見えのスナイパーなんて狙い目でしかないなぁ)
狙い目であり穴である。なぜならスナイパーに柔軟さはない。狙撃間合いがないと無意味な存在なのだ。例え、数がいたとしても。
「なぜ、前に来る。貴様、嘗めてるのか?」
撃ち合いをしない彼を不審に思っている。
「嘗めてません。そのときに応じた戦法をとっているだけです」
「近づくほど不利になってもか?」
「数で僕を押し返せると思っているほうが嘗めてるんですよ」
レモンイエローのカシナトルドはいい的だ。ムザ隊の四人はルオーの前のパトリックへ集中攻撃を掛ける。ラジエータギルを展開したスナイパーランチャーで連射性を高めると丁寧に全てプラズマボールに変えていく。
「僕たちには勝てません。なぜだと思います?」
スナイパーとして技能的な差の話ではない。
「貴様のその卓越した狙撃力がそう言わせているか。しかし、数を相手にすれば限界がある。モンテゾルネ軍のこの戦術が物語っているではないか」
「違います。あなた方がそこで立ち止まってしまったからですよ」
「立ち止まる? なにを」
ピンとこないかもしれない。
「スナイパーもシューターの一面でしかないのに、スナイピングのみに特化するのは停滞ではありませんか?」
「長所を伸ばすのが、どこがおかしい?」
「そこには限界があったんでしょう? さっき、あなたが言ったんですよ」
接近されたら終わり。そう思ったから彼らは徒党を組んだ。一つの対処法である。
「そうだ。スナイパーには短所がある。補うためにスナイパー同士手を組んだ。実際に成功している」
ムザには正解だと思えたのだろう。
「それは貴様にも当てはまることだ。確かに貴様は凄まじいともいえるテクニックを持っている。ならば仲間を持てばいい。そうだ、今からでも我が隊に来い。貴様を中心にチームを組めば星間銀河圏最強の部隊になる」
「嫌ですよ。だって、数を揃えたって短所を克服しきれていないじゃないですか」
「それは我々に勝ってから言え」
(自信を打ち砕いてあげないと現実が見えないものなのかなぁ)
悲しくなる。
「僕はもう一歩踏み込みました。一人で限界があるのは事実として、スナイパーに特化するではなくシューターとして進化することを望んだのです」
「シューターなどマルチプレイヤーの側面でしかないではないか」
「いいえ、僕は純粋なガンシューターですよ」
ルオーはスナイパーランチャーを背中に格納すると両手にビームランチャーを携えた。
次回『旭冴え(5)』 「無理だ。拒んだのは奴らだ」