旭冴え(2)
モンテゾルネ艦隊はアデ・トブラの領宙内に入っても遅めの速度で接近した。時短を図りたい商用船などなら一日の距離を二日掛けて衛星軌道近くに到着する。無論、相手は準備万端で防衛戦力を布陣させている。
「こういうときは電撃作戦のほうがいいんじゃね?」
パトリックはスピード感の無さに首をかしげる。
「急いだところで敵地での不利は揺らぎません。アデ・トブラ軍の立場だと、どんな策を用いようとも持ちこたえればいいのです。他の同盟国の軍に後背を突いてもらえばいいんですから」
「圧倒的に不利じゃん」
「なので、モンテゾルネに真っ当な勝利の好手はないんです」
勝ち筋がないとルオーが言うと彼の眉も上がる。
「だったら、どうして攻めに転じたんだか、麗しのデヴォー司令は」
「一つは講和の席で有利な条件を引き出すため。もう一つは捨て置けない問題を片づけるため」
「捨て置けない問題?」
「ある意味、意地みたいなもんなんですけどね」
攻め入らねば達せられない課題がある。それはモンテゾルネの将来にとって重大な意味を為すもので目先の利益とは少し異なる。
「リスクを買ってでも守らなきゃなんないもんか。ま、無くはないよな」
彼とて元は要職の家系なので想像はつくだろう。
「最終的に国益になり、国民の豊かさに通じる選択です。働き甲斐もあるってものでしょう?」
「凱旋したらモテモテになるな」
「長居しませんよ。モンテゾルネでいい気になってたら、他の同盟国のスパイに背中を狙われる羽目になります。ゾッとしません」
後ろを気にしてばかりでは、なにを食べても美味しさが割り引かれる。
「やれやれだ。んじゃ、司令殿の感謝で我慢するか」
「そのあたりで満足してください」
「つまんね」
口ではなんと言おうと、この相方はきちんと仕事はする。戦場で目立つのも嫌いではないのだから。
「行きますよ。作戦、頭に入ってますよね?」
「もちもち。安心しとけ」
パイロットシートに身を預けたパトリックはそのままカシナトルドに吸い込まれていく。ルオーもヘルメットを被るとルイン・ザに同調信号を送った。
『σ・ルーンにエンチャント。機体同調成功』
シートスピーカーからシステム音声が流れる。
「戦闘出力。ゲージアラームセット。エネルギー系、チャージプラグ優先で」
『出力を120%に設定します。ヒートゲージ、アラーム音鳴動。ビームランチャーへのエネルギーチャージを優先設定しました』
「重力波フィンは通常展開」
隠密行動なしの戦闘時設定にしていく。
ライジングサンの舷側スロットから機体が放出されると、モンテゾルネ艦隊もアームドスキンの展開を急いでいる。列に加わるようデヴォーからの指示を受けルイン・ザを前に。操舵室の中で手を振るクーファに合図を返して飛び出した。
「撃ち合いしますよ、パット。たぶん狙ってきます」
「お任せちゃーん。きっちり防いでやるって」
「しっかり稼いでください」
一点集中で切り崩しに来るか、あるいは無視して戦術的勝利を目するか。読めないが、今回は彼も居場所を隠して奇策を弄するつもりはない。動くのは戦闘の中盤以降である。
(この前、嫌味ったらしく言っちゃったからなぁ。突っ掛かってくるかもねぇ)
ムザ隊のメンバーはルオー憎しで来る可能性もある。
(釣れるなら釣れたで簡単なんだけど)
どちらにせよ、彼らがアデ・トブラの戦術の要である。崩していかねばならないのはこちらも同じこと。デヴォーの全体の差配を見て狙い所を図らないといけない。
「幅がありますね。読み合いにはならないと思います」
「正攻法だな。変化の予兆を見せないとはさすが美麗司令殿」
「美人なのは認めますけど、それは彼女の長所の一つでしかないでしょう。効果的なのは君にだけです」
揺るぎない相方ならば発奮材料だが、麾下の兵士への影響は微々たるもの。どれだけ戦果を挙げられるか、どうやって生きて戻るかしか考えていない。
「ウヨウヨいるってね」
軌道上に浮かぶ光点が全て敵だと考えるといい気はしない。
「相手にしてみれば、いつでも予備戦力を注ぎ込める環境です。本来なら心理的には楽なんでしょうが、背中に火を点けておいたんでプレッシャーにはなっているでしょう。気負いが仇になります」
「相当荒れてたもんな。政府はなにをしてるんだってね」
「そんなもんです。調子の良いときは、さすがと褒めちぎる。ところが悪くなると途端に叩きはじめる。民意なんて感情の化け物。全面的に準じる国家運営なんてできません。むしろ、そのほうが危険です」
成熟してない民主主義の最も危うい一面である。
「誘導した本人が言っても説得力ないぜ」
「社会正義ってそうなんですよ。多数派工作でなんとでもコントロールできてしまう。多数派の先頭に立ちたがる人間にも事欠きませんし。正しさなんて自分の中に一つ置いておけば十分です」
「お前の割りきったところは昔からほんと変わんないな」
勇名を求めるパトリックには、その脆さを口が酸っぱくなるほど説いてきた。人はそのとき求める姿しか認めてくれないのである。一過性のそれに踊らされると待っているのは破滅でしかない。
(多少は悔いているんだけどねぇ。あの頃から君は少しずつ刹那的になってきちゃったから)
だから、相方の享楽的なところをルオーは否定できないのだった。
次回『旭冴え(3)』 「そんな単純じゃないと思いますよ」