旭冴え(1)
アデ・トブラの首都は混乱している。先だって外縁ともいえる近郊に敵に侵入されアームドスキンによる戦闘が行われたからだ。住民にとっては驚天動地の出来事だっただろう。
(ゼオルダイゼ同盟下でなら侵攻されることなどないと高をくくっていたな。そこへこれだ)
今度は時空間復帰してきたモンテゾルネ艦隊が領宙内に入ってきた。次は首都が火の海になるのではないかと戦々恐々としているはず。実際にそんなことにはならないとわかっていても想像の翼をはためかせてしまうのが人間というものだ。
「とんでもない事態になってしまったな」
「申し開きのしようもありません」
ムザ・オーベントは上官の前で声を落とす。
「市民の政府への風当たりは強い。先生方はお怒りだ」
「ですが、戦端を開くに至った経緯は政府の決定からではありませんか」
「認めるわけにはいかんのだよ。政治家は責任を転嫁する相手を探しておられる」
(奴め、近郊で派手に立ちまわったのはこれを狙ってのことか)
青年の顔を思い浮かべる。
撤収支援をするだけなら彼がアームドスキンに乗り込む必要はなかっただろう。モンテゾルネのパイロットに任せてもよかった。それをしなかったのは、警察や国軍が大きな被害を出すのを見せつけたかったのだ。それが市民の不安に火を点ける。
(今度はただでは済まないと思わせたかったのだな)
そこへ敵国が大挙してやってきた。不安が現実になってしまうと思っても変ではない。その恐怖の矛先が政府に向かうのも承知のうえで。否応なく厭戦気分が高まってしまっている。
「安心しろ。貴官を差し出そうというのではない」
上官は鼻で笑う。
「呼び出したのは別件だ。あれは間違いなく『ライジングサン』と名乗ったのだな?」
「はい、交信記録にも残っていると思うのですが」
「確認だ。貴官らより上か?」
鋭い視線が刺さる。
「否めません」
「そうか。やはりな」
「それはどういう?」
上官の台詞の意味がわからない。まるで青年のことを知っているかのような口振りだ。
「要注意人物として挙がっている」
思いがけない言葉で返される。
「あのゼオルダイゼが星間管理局と並んで危険視しているというのだ」
「まさか」
「メーザード事変は昔のことではないだろう? あのとき、騒動の中心にいたのが連中らしい。ゼオルダイゼは煮え湯を飲まされた」
信じられないが、たかが民間軍事会社が同盟に敵視されている。
「知りませんでした」
「当然だ。盟主国として吹聴したい話ではない。上のほうで通達があっただけだ」
「知っていればなんとかできたかもしれませんでした」
邂逅以外のなんでもない。それでも、間違いなくムザはあの眠そうな青年と会話を交わしている。
「ルオー・ニックル、パトリック・ゼーガン。この二人で構成されている零細民間軍事会社が恐るべき存在とされている」
簡易プロフのパネルが滑ってきた。
「間違いありません。この青年です」
「降りてたか。なのに、監視カメラ網の顔認識システムは検知しなかったのだな」
「それどころか、我々の軍事用回線にまで侵入してきました」
改めて告げる。
「極めて高い電子戦能力を持っているとみえる。本当の脅威はそれなのかもしれん」
「確かに」
「仕留められるか? できれば貴官の大殊勲となる」
失敗を取り返したいのならライジングサンを潰せという。上官の目はそう物語っていた。
「微力ながら」
「そういうときは『絶対に』と言え。アデ・トブラ国軍の看板の矜持があるのならな」
「申し訳ありません」
(まだ見捨てられてはいないか。しかし、次はないと言われたようなものだな)
ムザは腹の中にわだかまるモヤモヤしたものと戦わねばならなかった。
◇ ◇ ◇
「無事に帰られました?」
ルオーはデヴォー・ナチカ司令に訊く。
「ええ、家族と再会されたみたい。あなたに感謝していたわ」
「恨まれてるかと思いましたよ。乗ってる車をあれだけシェイクしてしまいましたからね」
「戻れるのならそれくらい我慢するでしょ」
技術者たちはモンテゾルネ艦隊が時空界面突入する前に、補給艦隊に移乗して本国に帰還している。肝心要の目的を果たせたので彼も安心できた。
(とはいえ、ここで手を引くのは義理に欠けるしねぇ)
困りどころである。
これ以上深入りすると本格的にゼオルダイゼ同盟に敵認定されてしまう。オイナッセン宙区での活動に支障が出るほどになるのは避けたい思いはある。
「わたくしも感謝してるし期待してる。だって一番危険な任務をやり遂げてくれたんだもの」
デヴォーは暗に逃さないと言っている。
「わかってます。あなたとの契約満了まではお付き合いしますよ」
「よろしくね。そう長くは掛けないつもりだから」
「技術者さんたちにはもうちょっと負担をかけてしまいますね」
本国で聴取が行われているはずだ。アデ・トブラの罪を暴かねばならない。そうしないと危険になるのはモンテゾルネのほうである。
「ちょっと痛い目見せてあげる」
「怖い方です」
ルオーは彼女を敵にまわしたアデ・トブラの不運を憐れんだ。
次回『旭冴え(2)』 「ある意味、意地みたいなもんなんですけどね」




