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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
泳ぎ上手は川で死ぬ
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溺れた挙げ句に(2)

 戦争という最大限の有事でも待ちゆく人々は平静を保っている。国民の一人であるムザから見ても不安を押し隠している様子は窺えない。

 それは現代において異常でもない。戦争は軍人が宇宙で行うものであって、民間に被害が及ぶことは星間管理局が厳に戒めているからだ。


(これを平和ボケというのだろう)


 もちろん敗戦すれば影響はある。経済的にだったり、外交的に不利になったりと少なくない損害は出る。ただし、命を取られるまでに至らないのが常識だ。

 直接的に苦しむのは軍人と軍属、その家族までといったところ。あとは国政に携わる者が統治に制限が受けるか、地位を追われるかだろうか。


(要は民間への影響は限定的だから漠然とした恐怖心しか抱けないのだ)


 そんな状態が何百年と続けば、民間人は当たり前に戦争を忌避しなくなる。外交交渉の一端として捉え、負ければ不利益を被るものとしか感じられない。

 だから、不安を担保するために軍費に関わる税負担には寛容になる程度。それより怖ろしいのは民間への被害が大きい内紛や、もっとダイレクトな殺傷事件への恐怖心が強い。


(人が怖がってるのは星間管理局でさえ抑止が不可能な事件。ニュースでしか触れない戦場じゃない。当事者だろうが、同じ宙区で起こっている戦争だろうが変わらない)

 直接関与する彼ら軍人でもなければ。

(特にゼオルダイゼ軍事同盟に胡座をかいている本国ならな)


 すれ違う人は笑いさざめき、まるで他国へ進撃し勝利目前まで行って失敗した国の様子とは思えない。政府が伏せているのではなく、知っていてさえ普段の話題に登らないほどになってしまっている。


(負けるはずはないと思ってるな。危機感の無さは他国人にも伝染しているか)


 今も前から歩いてきているのは観光客だろう。二人の男と一人の少女である。一人はアデ・トブラでは見られない浅黒い肌をしているので観光客だとわかる。もう一人も眠そう以外の印象がないような青年だ。少女はもしかしたら獣人種(ゾアントピテクス)かもしれない。揺れているウサ耳が本物かどうかも区別できない。


「次の店は……、ちょっと離れてますね」

 口調まで緩みを感じる。

「このまま歩いていってもいいんでしょうが」

「お腹減っちゃう?」

「あれだけ食っておいて減る場所があるのか?」

 呑気な会話をしている。

「オートキャブを拾うほどじゃないです。通りをまたぐ裏道とかあれば便利なんですけど」

「そういうのは観光向けのマップじゃ出ないな」

「地元の人が詳しいでしょう。訊いてみましょう。あの……」


 眠そうな青年の目がムザに向く。どちらかといえば軍人然としてる彼に臆する様子もない。それだけ気が緩んでいるか。


(違うな。慣れだ)


 青年も、同年代のもう一人の男も見るからにパイロット用σ(シグマ)・ルーンを着けている。アームドスキン乗りだ。しかも青年のブルゾンの脇にはかすかな膨らみがある。レーザーガンを忍ばせているのは間違いない。


(普通に持ち歩いているということは民間の軍事関係者か。傭兵(ソルジャーズ)か、あるいは民間軍事会社(PMSC)に属する者だな)

 件のスナイパーが所属しているであろうPMSCには苦い思いがあるが、そんな相手がここにいるわけがない。


「このあたりにトリニュード通りに抜ける路地とかありません?」

 観光用マップを示してくる。

「300mほど先にそれとわかる抜け道がある。そこなら安全だ」

「他にもあるって感じですね。安全を担保できない的なマイナーな路地です?」

「昼間なら問題あるまい。が、絶対ではないから勧められんな」

 素直に応じる。

「ご親切にありがとうございます。そこまでお詳しいんでしたらお尋ねしたいんですけど?」

「なんだ?」

「観光客向けでないような穴場の店とかあれば教えてくださいません?」


 青年の口調は警戒心を解いてしまいそうなリズムがある。ムザ自身の疲れも手伝って早く帰宅したい気分になった。


「自分が知っているのは気楽にいつでも使える酒場とかだな。とても観光の人間に勧められるようなものじゃない」

 青年は察した仕草をする。

「愚問でしたか。味が良ければそれでも構わなかったんですけど。ですが、無理を言うのも悪いのであきらめます」

「そうしてくれ」

「それと……」

 青年は下から窺ってくる。

「いくら軍人さんでもそれほど大型の得物を提げているのはどうかと思います」

「これか? 癖のようなものだ。許せ」

「僕も他人のことは言えません。すみませんでした」


 終始物腰の柔らかい、丁寧な口調で接してくる。とても荒事師とは思えない男だ。イルメアなど隣で興味を失って早く行こうと彼の腕を引っ張るほどであった。


「では、楽しんでくれ。なにかあってはいけないので国を離れるときだけは注意してな」

「ご丁寧にありがとうございます。あなたもお気をつけて。大変な時勢です」

「ああ」


 そのときは軍人だとわかっていて、戦場での話をしているのだと思っていた。実は違っていたのだと後になって知ることになる。そして、絶好のチャンスを逃したのを後悔するのも仕方のないこと。


 ムザは神でもなんでもない自身を呪わざるを得なかった。

次回『溺れた挙げ句に(3)』 「背景ですか?」

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