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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
泳ぎ上手は川で死ぬ
142/352

溺れた挙げ句に(1)

「おお、悪くないですね」

「このプチプチ、なぁにぃ?」

「ほのかに甘い。飴で作ったミニバブルでしょうか。食感を高める工夫でしょう」


 芳醇な果実の香りがする、まったりとしたムースを舌の上で転がす。噛むまでもなく潰れる濃厚な舌触りの中でパチパチと弾ける感覚。それが新たな食感を生み出している。


「発想が面白い。パティシエさんの気概を感じます」

「炭酸と違うのぉ」

「好みは分かれるかも知れませんが、この一工夫が他店との差別化を図っているのでしょうね」


 驚きを集客に利用するのは悪くない。味わいを突き詰めるにしても、そこには食の好みという個人差がある以上、好みが分かれるのに変わりはない。


「バブルコーンソフトも食べていぃ?」

「試してみましょう」

 メニューパネルをタップする。

「思いきり観光してる場合か?」

「どこか変です? 僕たちは観光客なんですよ」

「そうだけどさ」


 パトリックの呆れ声にルオーは返す。間違いではないので罪悪感など寸分もない。いつもとの違いといえば、色男がやむを得ず付き合っている点のみである。


「腹がちゃぷちゃぷ言ってる」

 パトリックは弱り気味。

「飲み物ばかりでなく、スイーツにしないからでしょう?」

「もったいなぃ」

「落ち着いてスイーツ巡りなんてしているお前たちの度胸には感服する」


 彼が言うのも変ではない。なにしろ、三人が店を渡り歩いているのは敵対するアデ・トブラの首都だからである。


(普通にしてるのが一番目立たないで済むんだからさぁ)

 青年はペースを崩さない。


 モンテゾルネのデヴォー・ナチカ司令との契約を切ったわけではない。領宙での戦闘が一段落したので次の任務に着いているだけである。それは敵地潜入作戦だ。


(あの方も大胆だなぁ。まあ、適任なのも本当だけど)

 契約更新をして、さらに広範な任務に対応するようにした。ただし、契約料金(フィー)は跳ね上がっている。


 モンテゾルネ領宙で勝利した国軍は戦場処理で多数の捕虜を抱える。星間銀河協約に基づき粛々と捕虜交換を行って静けさを取り戻したかの国は次なる段階を目指さねばならない。

 派遣されていた自国民である技術者の奪還である。戦況が悪くなれば彼らの立場も難しくなるだろうし、最悪人質として扱われる可能性もある。そちらも取り戻さねばこの戦争は収まらない。


「あの司令、やり手だぜ。ライジングサンの腹に奪還部隊を抱えて敵地に忍び込めとか普通考えるか?」

 相方は声をひそめている。

「若干、そう仕向けてはいましたし。ライジングサンの船体を敵軍の目にさらさなかったのは、この段階の作戦も視野に入れていたからです。僕の目論見もきっちり読んでいるんですよ」

「だからって、あんな地味なカラーリングにしてまで乗り込むか?」

「ルイン・ザと同じモスグリーンなんですから民間軍事会社(PMSC)保有船として一般的なカラーだと思います。イエローグリーンなんてのが普通ではないんですよ。ティムニのポリシーだかなんだか知りませんけど」

 船体を塗り替え、船名も偽装して入国した。

「ぶーぶー言ってたじゃん。その割に当たり前みたいに完璧な偽装工作してたけどな。できるか、普通?」

「ティムニですから。それに誤魔化してない星間管理局船籍がものを言ってます」

「下手に疑って揉め事にしたくないだろうぜ、いかなゼオルダイゼ同盟でもな」


 オイナッセン宙区で幅を利かせる同盟でも星間管理局との軋轢を抱えるのは避けたいところだろう。その心理的間隙を突いた作戦でもある。それとわかってデヴォー司令は彼らに白羽の矢を立てた。


「普通の観光客のフリしたまま軟禁されてるはずの技術者を見つけて取り戻します」

 そんな素振りを見せずスイーツを楽しみながら答える。

「お前、普通に楽しんでない?」

「楽しまないでどうするんです、観光客なのに」

「次、行ってみよぉ!」

「せめてオレの腹も慮ってくれ」


 妙に許容度の低いパトリックの腹にルオーは文句を言った。


   ◇      ◇      ◇


 国軍基地を出たムザ・オーベントの表情は固い。公式に叱責を受けたわけではないが、司令官の目は彼らを責めていた。なまじ、実績を積み上げて発言力と階級を高める努力をしてのし上がってきた分だけ失敗への風当たりは強い。


「どうするの?」

 付き従うイルメア・ホーシーが訊いてくる。

「第二次遠征までに対策を立てねばなるまい。あの謎のスナイパーの実力は認めざるを得ないだろう」

「でも、モンテゾルネ軍を嘗めて掛かったのは本当じゃない。次の遠征はもっと大規模な編成になると思う。そしたら、あいつらなんて一溜まりもないんじゃない?」

「可能性は高い。しかし、その対策はムザ隊の権威を下げる。我々だけであのスナイパーを討ってみせるくらいでなくてはならん」


 怠慢がなかったとはいえない。これまで編隊メンバーだけで切り抜けてこれたので、他の支援機部隊の練度が低いと感じた。もっと訓練を施して、中規模以上のスナイパー部隊の編成を試みるべきかと考える。


(それには時間は必須だ。組織内での力もいる。やはり、どうにか奴を墜として我が隊の価値を示さねば)


 ムザは難しい顔のまま街中を歩いた。

次回『溺れた挙げ句に(2)』 「僕も他人のことは言えません」

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