割り込まれて(2)
ライジングサンの船体には新たに『RISE.S』のロゴと、水平線から半分覗く旭日を示すエンブレムが刻まれていた。長方形の中に海面の青と白地に赤い恒星、そこから放射状に伸びる赤い光の線が表されている。
「お前にしては粋な仕上がりの戦闘艇だな。どうせオレが乗るなら200m級の小型戦闘艦といきたかったところだが我慢しよう」
「我慢しなくていいですから」
ルオーが咎めてもパトリックは帰ってくれそうにない。
「チームは何人揃えた?」
「僕とティムニだけですよ。間違っても君をもてなしてくれるような乗員はいません」
「まあ、いいか。オレもそろそろ独り立ちしなくてはと思っていたところだ」
完全に乗り気で乗る気満々である。ルオーは苦手だけあって、頑なに拒む気概はない。頼みの綱は権限を持っているティムニだった。
『ふぅん』
彼女は物珍しげにパトリックを観察している。
『まあ、いいんじゃない?』
「いいんですか」
『ルオーだけだと戦術的に限定されるし。見たところ、マルチプレイヤータイプだもん。便利そう』
利用価値を認めている。
「妙に偉そうなAIだな。どういう教育をしている?」
「ティムニはこの船を一番知っている古参です。尊重くらいします」
「お前らしい腰砕け具合か」
適当に誤魔化そうとするが難しい。なにせ、ルオーでさえ彼女との付き合い方はまだ手探り状態なのだ。
『ライジングサンのメンバーに加わりたいんでしょ?』
「従業員ではない。共同経営者だ」
あくまで尊大である。
『んふ、アームドスキン『カシナトルド』ねー。ずいぶんと積んだみたいだけど』
「わかるのか?」
『管理局兵器廠が一年前に発表したイオンスリーブ搭載機。まだまだ市場に出回るような機体じゃない。なんかコネがないとねー』
かなり高性能機らしい。
「そんなの、よく入手しましたね?」
「餞別だと言って父から引き出した。ゼーガン家といえど五男ともなれば予備にもならん。譲り受けられるものは財産くらいしかない。だったら、せいぜい自分を高く売るまでよ」
「名家に生まれるのも大変なんですね」
何一つ不自由なく育てられたとしても、自身の足元が怪しげであれば不安もあろう。その環境で、どう立身すれば自分を保てるかで名を得ることに執着したのは納得できる。
(ただし、それに僕を巻き込むのは困るなぁ)
ルオーにもポリシーがある。
(あんまり相性よさそうじゃないんだけど。ティムニが駄目って言ってくれないんじゃ当面は無理か。そのうち呆れて嫌になって出ていくと思うし)
彼も自身のペースを崩すつもりはない。目立たず騒がず、ひっそりと埋没して生きるのが好ましい。下手に目立てば足を引っ張ろうとする者を引き寄せる結果にしかならない。
『まあ、いいっしょー。経営をどうするかは二人で決めてちょ』
ティムニに放り出された。
「そんな……、なし崩しに」
「なんの不都合がある? この規模の戦闘艇だ。どうせ運用するには人を増やすしかない。お前にはそれに足る人徳はない。オレがフォローしてやろう」
「はいはい、そうですよねぇ。君ってそういう人ですよねぇ」
終始聞く耳持たない。
『もう出発できるの?』
「ああ、見栄を切って家を出たからな」
『だったら準備進めましょ。カシナトルドを格納するから乗って』
パトリックは意気揚々とリフトトレーラーのキャリアに移動すると機体に乗り込む。腕が確かなのはルオーも認めるところ。スムースに立ち上がる。
『船尾から。あっち』
ティムニが指で示すとアームドスキンは船尾に向かって歩く。
アームドスキン『カシナトルド』は勇壮というよりは実戦的な機種に見える。目立った装飾もなく、比較的シンプルな構造をしているように思える。
ただし、パトリックはそのボディをレモンイエローに塗色していた。兵器廠製だというからオリジナルは星間軍カラーのヘーゼルのはず。それを同じ黄色系でも鮮やかに塗り替えている。
(目立つなぁ)
滑らかに機動する機体に苦笑する。
船尾の格納スロットが開き、そこからレールが延びている。その様子を見たパトリックは察したようだ。カシナトルドの反重力端子出力を100%にして静かに浮かせる。
『ドッキングシーケンス、アクセス。カシナトルド、レールオン』
無造作に操作を掌握するティムニ。
端子突起の姿勢制御でうつ伏せに寝た状態でレールに挟まるアームドスキン。キャッチに掴まれて固定されるとレールごと船体に飲まれていった。
(僕は戸惑ったんだけど平気なのかぁ)
ルイン・ザの試乗をしたあと、帰投時に同じ操作をした。ティムニの指導を受けつつドッキングしたのだが、戦闘艦への着艦との違いに意識がついていかず若干手間取ったのである。
「やっぱりヒエラルキーの上にいるような人は違うんですかね」
『そう? 気丈に振る舞ってるけど内心は不安でいっぱいかもよ?』
「思えませんよ。自信がないと注目を浴びるのは負担になります。軍学校なんて運動神経自慢が集まったような場所でしたから」
さらに鍛えるものだから差は広がる一方だった。埋没するにはちょうどいい環境ではあったが。
(逆に劣等生で浮いてたくらいだもんねぇ)
ルオーは鼻を掻きつつ船底の搭乗口のラダーを登っていった。
次回『割り込まれて(3)』 「降り方わかりますか?」