丁々発止で(3)
その夜、メッセージを送っていた相手からのコールがある。デヴォー・ナチカはすでに寛いだ部屋着だったが気にするほどの間柄ではない。
「早くなくて? お暇かしら?」
軽口で切り出す。
「難しい案件がないだけだよ。君のところにいるルオー君を横取りしないのだから予想がついているのではないかね」
「契約できたの教えた憶えがないのだけれど、まあ、情報部なら調べるまでもないというでしょうね」
「紛争地は注視しているからな」
相手はクガ・パシミールである。いわずと知れたオイナッセン宙区第二警備艦隊司令。知己である彼からライジングサンのことを聞き出して依頼を出して今に至っている。
「ほんとに面白い青年」
脳裏に眠そうな顔が浮かぶ。
「見た目で侮って掛かれば痛い目を見ること請け合い」
「民間に埋もれさせるには惜しいほど有能だ。いかんせん、心が自由すぎる」
「そうね。気に入った相手の言うことにしか耳を貸さないんじゃなくて」
歓心を買うのが第一条件に思える。
「個人として関わるのはそうだが案件の内容にもよるな。状況によっては、すげなく断られることもある」
「あなたをしても扱いが難しい」
「私をなんだと思っている」
「オイナッセンで優秀な人を見つけて扱うのが一番上手い人」
含み笑いを見せるとクガはしかめっ面になる。若い頃なら、それで落ちない男はいないとまで思えたが今でも多少の効果はあるか。
「せっかくだから、あやからせてちょうだい」
「君は私が知っている中で一番敵にしたくない女性だ」
利用される身になれと暗に言ってくる。
「あれを使えば戦局くらい簡単に変えられよう?」
「いいえ、戦争を終わらせられる」
「大きく出たな」
過言ではないと思っている。
「事実。あなたが欲しがってる気持ちがよくわかった」
「スカウトしてみるがいい。一筋縄ではいかん」
「実はそれも考えものだと思ってる」
強力すぎて毒にも薬にもなる存在だ。従わせられたら宙区の一つくらい穫れそうな気分にさせられる。ただし、次に照星に入るのは彼女の頭になるだろうが。
「彼もルイン・ザってアームドスキンも危険だけど、それ以上に後ろにいる彼女のほうが怖ろしい」
本音でしゃべる。
「ほう?」
「あのティムニっていうの、あれってあれじゃない?」
「なんだね?」
言わせるつもりか。
「ゴートの遺跡」
「そう思ったか」
「いやらしい笑い方」
クガは実に愉快そうに顔をほころばせている。
ゴートの遺跡は新宙区ゴートで神のように扱われている人工の知性である。漏れ聞こえてくるのは、アームドスキンの原型となる機体を生み出した旧先進文明の遺産であることのみ。それでさえ知っているのは新宙区の流入技術に疑問を抱いた人間くらいだろう。
「ゼムナ案件か。私も可能性を説いた報告書は上げた」
クガともあろう人が見過ごすはずもない。
「なんて?」
「深く立ち入るなと言われたよ。あまりにデリケートな案件だ。中途半端に取り込もうとすれば逃げられるとな」
「管理局ともあろう機関にそこまで言わせる?」
少し驚きを感じる。
「『ゼムナの遺志』、どれほどの数が星間銀河圏で活動しているかさえ不明だ。協力体制を構築できているだけでも数体といわれている。それも、関わり方を間違えればいつそっぽを向かれるかわからない」
「女の扱いにさえ苦戦する男には荷が重そう」
「皮肉らないでくれ。自覚はある」
異性関係では器用な男ではない。幼馴染のよき理解者を射止められたのは僥倖だと口を酸っぱくして言っている。そうでなければ、とてもじゃないが繋ぎ止められないと。
「似てない?」
そのままルオーに当てはまりそうに思える。
「気が合うのかもな」
「彼みたいな人だから見初められたのかも」
「そういう人間もいると聞いている。だから余計にデリケートな話になる。民衆は英雄を求めるが為政者には毒でしかない」
枚挙に暇がないのも本当だ。
「皮肉なことにね。案外、私やあなたみたいな程よい立場のほうがちょうどいいのかも」
「そう願いたいものだ。出世するとルオー君は見向きもしてくれなくなるか」
「でも、星間管理局はあなたを捨て置けないでしょ? まだ若いから引っ張りあげないだけじゃなくて?」
クガはまだ三十二歳である。望んで対等に話しているが、実は彼女より十以上も年下なのだ。予想では確実に出世するだろう。おそらく十年以内に宙区警備艦隊司令に落ち着くと思っている。
「仮にそうでも現場に齧り付くさ。性に合っている」
彼の即応能力は確かに現場向きだ。
「許してくれないのが組織というもの。私だって、一隻預かって振りまわしていたほうが働けると思わない?」
「いや、君ほどの戦略家なら全軍を預けたいと思うね。ちゃんと国のことを思う政治家ならと注釈が必要だが」
「嫌よ、クーデターの道具にされそうな地位なんて御免だわ」
肩をすくめる。
「それほど平和ではあるまい。面している国家群は当面、ゼオルダイゼを仮想敵国として振る舞うしかない状況に見えるが」
「外敵がいるうちは私の平穏は保たれるのね。だったら、もっと頑張っていただかないと」
「なにを言う。まずは一角であるアデ・トブラを落とさねばモンテゾルネに平和はない」
「はぁ、世の中ままならないこと」
デヴォーは互いに難しい立場のクガと笑い合った。
次回『丁々発止で(4)』 「安易にこちらの位置を知らせてどうする」