詰めたつもりが(5)
たった一機で都市一つ壊滅させるだけの戦闘力を持つアームドスキンが八百機以上もじわじわと迫ってくる様は恐怖を呼び起こす。ただし、迎え撃つ側も五百近い数を有するのであれば心持ちも変わってこよう。
(しっかりと崩してから数で潰しに来るところが怖いんだけどねぇ)
思いながらもルオーに怯えはない。
警戒しているか、以前は前哨戦で前に出てきていたスナイパー部隊が身をひそめている。崩しを仕掛けないで正面からの激突を目論んでいるように見える。
(違うだろうね。ほんとは距離を詰めておきたいだけかなぁ)
怯えがあるのは相手のほうだ。
絶対的な遠距離攻撃力を誇っていたムザ隊が失態を演じさせられたのが全軍に波及している。ただのまぐれだと証明しないかぎり士気は上がらないだろう。
「いやに消極的だな」
パトリックがレモンイエローの機体から言ってくる。
「こちらの仕掛けを待ってるんですよ。なにより、件のスナイパー隊は僕を仕留めないと名誉の回復ができない」
「だよな。あっちのほうが有名人だ。オレの後ろにいるのはムザ・オーベントじゃないのかって訊かれたことは一回や二回じゃ済まない」
「アデ・トブラのムザ隊は他国にとってそれだけの脅威なんです。アームドスキン乗りに名が知れ渡るほどに」
ライジングサンの知名度は少々偏っている。それもこれも、彼らが依頼によって動く民間軍事会社であるがゆえに、その遂行力の高さを知っている者が言い触らしたがらない所為だ。他の依頼で忙しくなってしまっては困るからである。
その点、ムザ隊はその勇名が独り歩きするほどのもの。彼らが国家に属する以上、脅威として語られるだけで奪い合いになる余地はない。せいぜいがスカウトに動く程度。成功例がないのはアデ・トブラがしっかりと抱え込んでいるからに他ならない。
「焦れてくる頃合いです。じきに仕掛けてきます」
そのまま当たりに来るのならば敵軍司令官は無能の烙印を押されても仕方ない。
「ほんとに付かないでいいのか?」
「かまいません。君は撃墜ボーナス稼ぐチャンスですよ。デヴォー司令にもアピールできます」
「そりゃ歓迎するが……、狙ってくるだろ」
敵の意図は丸見えである。
「こんなとこでお前を失う気なんてないぜ」
「僕だって戦死するつもりはありません。配置をよく見てください」
「っと、そういうことか」
「ええ、君もあれに混じっていたほうが効果的だってことです」
話しているうちにルオーの視覚に射線が映る。撃ってこないと見て炙り出しに来たのだ。ムザ隊は自身が動けば、正体不明のスナイパーも動かざるを得ないと考えたのである。動かなければこれまでと同じ轍を踏むだけだ。
「さあ、始めましょう。デヴォー司令の用兵ショーですよ」
「いいねえ、美女の手の平の上で転がされるなんて男冥利に尽きるぜ」
射線はモンテゾルネ軍アームドスキン隊の戦列を掃討するように分散している。彼の迎撃を誘いに来ているのだ。
(はて、誘われているのはどちらかなぁ?)
ルオーは自分の役割を遂げるだけ。
「ラジエータギル展開」
砲身から複数の平らな突起が突き出る。内部を冷却液が強制循環を始め、高収束磁場で過熱しやすいスナイパーランチャーのロングバレルを保護するとともに、一定の連射を可能にした。
「崩れちゃうのはいただけませんからね」
狙撃を迎撃する。ルオーの放った細いスナイピングビームは前線を横切るように走る。そして、ビーム同士で激突して干渉爆散を起こし、紫色のプラズマボールと化す。
「で、やっぱりそう来ますか」
敵軍の戦列が大きく変動する。見る見るうちに突出すると、ルイン・ザをめがけて殺到してくる。彼を数で押し潰すつもりなのだ。
いくら傑出したスナイパーでも数の暴力には抗しきれない。無限に連射の効くビームランチャーなど存在しない。
「ですが、それも罠です」
ルオーがルイン・ザを後退させると当然敵アームドスキンは追ってくる。戦列を押し崩しつつ、スナイパーを仕留めに来ているのでそういう用兵になる。
しかし、ルイン・ザの周囲には上がってきたばかりのモンテゾルネ軍主力が控えていた。新たにイオン駆動機を搭載した次期主力となるスフォルカントの部隊が。
「少々の苦戦では済まないと思いますよ」
スフォルカントの一団は受け流すように一度退いてみせたかと思うと、今度は全方向から押し包みに掛かる。まるで一部が半包囲殲滅戦のような陣形になりビームを浴びせかけていた。
敵部隊の突出陣形が崩れかけると同時に接近戦に移行。各所でブレードを交える紫電が派手に瞬いた。ただし、スフォルカントは強化された機体である。アデ・トブラのゾフリータはそのパワーの前に斬り崩されていってしまう。
「目論見通りではあるんですけどね」
敵機も目的を達せず戻るわけにはいかない。先端部を構成する編隊が力任せの加速でルイン・ザへと迫ってきた。
彼とて無抵抗で待っているのではない。突端の数機を狙撃で撃墜または大破させるも、包囲の穴をくぐるように噴出してくる敵機が襲いかかってくる。
(思ったより頑張るなぁ。イオンスリーブ搭載機のパワーに怯んで止まってくれないかと思ってたのに)
決死の覚悟で追ってくる敵機にルオーの顔は苦り切った。
次回『詰めたつもりが(6)』 「そんなにオレの撃墜数を増やしたいのか?」