表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
泳ぎ上手は川で死ぬ
132/350

詰めたつもりが(3)

「よかったんです? 待ち伏せしてたスナイパー隊が乱れたところで撤収しましたが」

 それがデヴォー・ナチカ艦隊司令の指示であった。

「いい。虚を突かれた状態で放置するのが正解」

「余計なことを考えさせるわけですね」

「わかってるじゃない」


 美人が悪戯な表情を見せる。それだけでパトリックは堪らないとばかりに身を乗り出した。相方のストライクゾーンは上には広いらしい。


「これまでは間隔攻撃(ラグアタック)で敵主軸のムザ隊に消耗を強いるしかなかったのよね」

 パトリックをあしらいつつ話を進める。

「ところが、自分たちの遠隔狙撃戦法の通用しない敵が現れた。しかも、正体もわからないまま撤収してしまう。考えるわよね、いったいなんなんだって。次はどう対処すればいいのか?」

「ええ、こちらの動きを分析できるほど見せれば対策の一つ二つは打てます。材料を全く渡さないまま退かれるとそれができない」

「安心材料がなに一つない状態。それが作りたかったの」


 彼女は戦略家のようだ。一時の物理的な勝利ではなく、一方的な心理戦のほうを選んだ。中期的に見て自軍が有利になるように。


「ムザ隊だけでなく敵軍全体に焦りが波及する。次の会戦はまともでない心理状態で相手することができる。それがネック」

 敵の首を真綿で締めるような方法である。

「これまで自軍のタイミングで進められていた戦闘の主導権が移るでしょ? 優勢のままだったら次で一気に押し潰すつもりで攻めてきたでしょうけど、今度は疑心のしこりを抱えたまま攻めないといけない。進撃速度(あし)も落ちるというもの」

「ですが、ライジングサン(ぼくたち)という要素だけで今の劣勢を大きく転換できると考えるのは安易ではないかと?」

「もちろんよ」

 デヴォーの笑みが少々攻撃的に変わる。

「ラグアタックは時間稼ぎでもあったの。明日の補給で本国に戻っていた主力が前線に加わるわ。イオン駆動機搭載の次期主力機『スフォルカント』の慣熟を終えてね」

「なるほど、そちらが本命でしたか」

「転換要因が複合的であるほど敵は対処に困るものでしょ?」


(この方、極めて優秀な司令官だなぁ。僕たちが来るタイミングまでは測れなかったにしても、新たな要素を一番有効に組み込んでシナリオを進めようとしてる)

 ルオーは内心舌を巻く。


 メーザード国が外れたゼオルダイゼ同盟は危機感からか動きを活性化させている。その一端がこのモンテゾルネとアデ・トブラの戦争に思えた。

 メーザードの政変に加担した心当たりがあるだけに、気になってモンテゾルネ艦隊司令官からの依頼(オーダー)を請けた。が、予想に反してオイナッセン宙区の大きな転換点になりそうだ。


(クガ司令もゼオルダイゼ同盟の裏側をしきりに気にしてたからねぇ。これはちょっと本腰入れてもいいかもしれないな)

 一時的な従軍依頼のつもりが少し気が変わる。


「スフォルカント投入はわかっていたからラグアタックでお茶を濁していたのよ。こちらが苦しい懐事情を抱えてると見せかけるように」

 デヴォーの眉が下がる。

「威力偵察くらいのつもりで構わないって言い含めてたのに」

「まるで死兵を使うような結果になっていましたか」

「奇襲を任された兵は、自分たちが乾坤一擲の攻撃を任されたと思って発奮してしまったのね。無理を押して全滅する部隊が大半で閉口したわ」


 彼女にしてみれば貴重な戦力を失う気はなかった。しかし、命令を受けた下の指揮官たちは劣勢を覆すべく、パイロットに特攻まがいの攻撃を命じていたようだ。どれも実績が足りないからだとデヴォーは自嘲する。


(悲しいかな現役世代では初めての戦争になってしまった所為だねぇ。誰も彼もが実戦での能力が掴みきれていない。そのすれ違いが生んじゃった悲劇だなぁ)

 最初から彼女の言を信頼していたら今ほど苦しくはならなかったはずだ。


「現状、アデ・トブラ艦隊に対して我が軍は三分の一程度の数」


 戦闘艦十五隻が残っているが搭載残機数は三分の二程度。対してアデ・トブラ艦隊三十隻の搭載機は無傷といっていい状態だという。


「上がってくる四隻と補給艦隊でのアームドスキンの補充でようやく敵戦力の半分くらい」

 実数を投影パネルで見せてくれる。

「この戦力で君ならどう打ち勝つ?」

「なんで僕に訊くんです? ただの民間軍事会社(PMSC)のパイロットですよ?」

「自身の攻撃の影響力を冷静に分析して、わたくしの思惑や問題点まで明確に指摘してきたから。その戦術眼を誤魔化せると思ったら大間違い」

 しゃべらせようと誘導したのを悔いる。

「どこまで付き合うべきか測るつもりだったんですが、どうも逃がしてくれそうにないですね」

「悪いけど依頼完遂のサインはしてあげられない。契約料金(フィー)も払われないけど?」

「参りました。で、僕はあなたの策略に乗ってなにをすればいいんです?」


 往生するしかなさそうだ。しばらくは戦場での便利屋を演じなければならないらしい。


「話長くなるぅ?」

「もう少し掛かりそうですよ、クゥ」

「お菓子のおかわりあるぅ?」

「わかりました。頼んでみましょうね」


 苦笑するデヴォーにお願いしてみるルオーであった。

次回『詰めたつもりが(4)』 「焦るな。相手の思うつぼだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ