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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
泳ぎ上手は川で死ぬ
130/351

詰めたつもりが(1)

 無音の宇宙に身を浸していると溶け込んでしまいそうになる。彼はその感覚が嫌いではなかった。なにより、それこそがスナイパーの真骨頂だと思っている。


(撃つ)


 途端に宇宙は騒々しくなる。正確には色彩に溢れ、それをアームドスキンのシステムが音として表現を始めるのだ。走ったスナイピングビームが敵機に直撃し、遠く光球を生み出すと爆発音が小さく響く。


「撃ってきただと?」

 敵が動揺している。

「どこだ? なんで狙われた?」

「知るか。奇襲は失敗だ」

「くぅ、退くぞ」


(退かせない)

 彼は目標を変える。


 反転しようとした最後尾の機体のスラスターに次弾が直撃し、アームドスキンはその場でクルクルとスピンをするだけ。回避もままならないところへもう一撃。速度重視と思われる細身のボディは中程から折れて爆散した。


「狙撃されてる? 奴ら(・・)だ!」

「ここでもか。包囲されてるだと?」


 複数のスナイピングビームが交錯し敵の奇襲部隊を削っていく。もう、死に体だ。ひそむまでもない。


「くそ、ムザ隊め!」

「こうも苦しめられるとは。ルース、逃げろ」

「ですが、隊長!」

「いいから逃げ延びて報告しろ」


(誰が逃がすか)

 彼にその気はない。


 無闇な応射をくり返す奇襲部隊は一機を逃がそうとするも、その後姿を捕捉している。照星(レティクル)をゆっくりと合わせるとトリガーボタンを押し込む。それで終わりだ。


 最後の光球が闇に花開き、彼は勝利した。


   ◇      ◇      ◇


「お疲れだった。皆、休め」

 ムザ・オーベントが命じると彼の編隊メンバーは十人十色の反応をする。

「はぁ、やっとシャワー浴びれる。今回の連中、足遅いんだもん」

「待機なげーんだよ。酒瓶が俺を待ってるってのに」

「どうせ、ずっと飲んでるし」


 ヘルメットを脱いで長い髪を指で梳いたのがイルメア・ホーシー。彼の隊の紅一点の女性だ。そんな仕草も色っぽい。

 軽く赤ら顔になっているのはツワラド・グエン。指摘どおり、待機中もちびちびとやっているが咎めはしない。それが通常営業だからである。

 か細い声でツッコミを入れたのが最後の一人、ナッシュ・テグメランタ。弱気なところが玉に瑕だが、腕前のほどは彼に続く。

 それに彼ムザ・オーベントを加えた四人がムザ隊と呼ばれているアデ・トブラ国軍に勇名を馳せるスナイパー部隊である。


「じゃ、あとでね。あたしが眠れなくなる前に来て」

「自分はお前の睡眠剤か?」


 イルメアは彼の情人でもある。一方的に言い寄られて始めた関係だが、思いの外続いているというべきか。ムザがあまり情欲に駆られるタイプでないところが彼女には都合のいい部分なのかもしれない。自分の都合で夜を重ねられるから。


(我が隊が存続を許されているうちは続くか)

 負けは死を意味するが。


 彼の属する惑星国家アデ・トブラの国軍は戦争の最中にある。敵国はモンテゾルネ。果敢にもゼオルダイゼ同盟の一角であるアデ・トブラに挑んできている。


(そろそろ限界だろう。早く敗戦を表明すればいい)


 戦況は完全に彼らが押している。安全保障を旨としたゼオルダイゼ軍事同盟だが、他の三国が出る幕もなく勝利が近づいていると思われた。このままいけば時間の問題なのにモンテゾルネは抗戦を続けている。


(致し方あるまいか)


 戦争の発端は国内にあったイオン駆動システム工場の権利問題。技術立国を標榜するモンテゾルネはいち早く、イオンスリーブを始めとした最新駆動機製造技術を安定させた。

 アームドスキン性能で遅れを取ってはならじと、アデ・トブラもモンテゾルネの企業を誘致し建造を開始する。その工場の設備や技術を欲した本国は乗っ取り政策を強行。管理者を国外追放し、技術者は半ば拉致する形で取り込んだ。


(力がないのが悪い。それを認められず足掻くのも)


 本国の経済力の一部なりとも利用しようとしたつもりなのだろうが、経済が下火に陥っていたモンテゾルネでは軍備が足りない。技術者の返還交渉が不発に終わり、不毛な制裁合戦が最終的に戦争に発展すれば勝ち目はない。

 正面からの戦闘では勝負にならず敗戦を重ねる。正攻法では話にならないと察したモンテゾルネ国軍は奇襲戦法を試みるが、その全てを彼らムザ隊が阻止してきた。精鋭を送り込む敵軍は被害を与えることなく損耗していく。


(時間の問題だというのに)


 ムザたち特殊チームと本国の諜報力があれば結果は見えている。あとはどこで敵軍が音を上げるか。あるいは再起不能となるダメージを被るか。どちらにせよ、この敗戦でモンテゾルネは沈んでいく。同盟との戦力差は開いていくばかりとなろう。


「以上が今日の結果であります」

「ご苦労だった。休め」


 戦果報告をすると隊長の彼も解放される。わざわざ口頭でするような報告でもなかろうに、昔の慣習を守りたがるのは権限を持った者の驕りか。権威確認としか思えないような段取りを強いられる身にもなれと言いたい。


(自身がそんな世界で生きてきたからこそ、上に立てば同じ汁を吸いたいと感じるのだろうか? 改めれば権威を失うと怖れでもしているか。そういう人間ほど能力が足りないと思えないものだろうか)


 そんな皮肉を覚えつつ、ムザは約束どおりイルメアの私室に赴いた。

次回『詰めたつもりが(2)』 「あたしたちが花道を開けるってわけね」

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