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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
意地を通せば窮屈だ
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光差す(9)

 デブリ帯のターナ(ミスト)が飛散するまでさらに三日を要した。制作の続行は決まったが撮影はできない。

 その間に話し合いが持たれ、リズリーのスタントパイロットとアシスタントのニーニットの罪は不問に付されている。現場で解消できたトラブルとして扱われることになった。


「どこかからもれる情報だとは思うけどね」

 ロザリンドは苦笑いしつつルオーに言う。

「クゥも絡むし、告発しなくていいの?」

「しませんよ。誰一人死んでもいないんですから」

「そうよね」


 当のクーファは幸せそうにチョコレートに齧りついているだけ。ロザリンドとしても、これまでの苦労が水泡に帰すのは困る。バレたらバレたで笑い話にすればいいと思っていた。


「こんなとこであなたに会うなんて」

「これは運命の悪戯か」


 アームドスキンアクションの撮影が再開し、コクピットでの演技にも熱が入る。ストーリーも終盤。愛し合う二人、エディとリズリーが戦場で相対してしまうシーンだ。


「リズリー、まさか君は!」

「この戦争、どちらかが勝利しないと終わらないわ。それなら……」

「君が死ななくてはならない理由なんてどこにもない! 戦争が終わったら二人でどこかに逃げようって約束したじゃないか!」

「いいの。あなたに殺されるなら本望……」


 ここからリズリーの戦死にショックを受けたエディが撃墜されるシーンに続く。戦場では結ばれなかった二人が死して結ばれる展開だ。それで戦争の無情さを描く。しかし、ロザリンドは背筋を這い上がる感情に打ち負けてしまう。


「いや! 死にたくない! 死んだらそこで終わりなんだもの!」

「リズリー! 君が死ねば僕だって!」

 撮影はそこで止まる。

「……すみません! 思わず……。やり直します」

「いや、待ちたまえ。今のは感情の入ったいい台詞だった。ようやくリズリーが一人の人間になったな」

「監督?」


 死の恐怖が蘇り、台本と違う台詞を口走ってしまった。知らないうちにトラウマを抱えていたようだ。しかし、ディルフレッド監督やヘルデ助監督はそこから長い協議を始める。


(撮影終わったらちょっとカウンセリングでも受けないといけないかも)

 ロザリンドは消沈する。


「リズリー」

 ニコに背中をポンと叩かれる。

「すごくいい台詞だった。僕まで引っ張られたよ。監督もあれを聞かされたら今の脚本のままで進められないだろうね」

「でも、あそこでリズリーが死なないと終わらないんじゃ?」

「そこをどうにかしてしまうのが監督のすごいところさ」


 長い協議が終わり、監督たちが演者のところに来る。注意くらいは受けるだろう彼女は腰が引けていた。


「エディとリズリーは戦死しないことになった」

 当たり前のように宣告される。

「はい?」

「機体から脱出したリズリーはエディと一緒に戦う。戦争を厭う多くの脱走兵を組織し、両国を打ち負かしてしまう筋書きにする。愛が勝つのだ」

「本当ですか?」

 驚かされる。

「二人はそのまま演技してくれたまえ。当て書き台詞を用意するが厳密に守らないでいい。思うがままに二人になってほしい」

「わかりましたよ、監督」

「え、でも、それって……」


 コクピット撮影だけでなくアームドスキンアクションも変えねばならない。先行撮影分がボツになってしまう。


「かまわん。スタントには当て振りしてもらおう。このシーンはエディとリズリーが降りたニコとロゼが正しい流れを作るんだ」

 難しい注文が来る。

「かまいません。パトリック、すまないが頼む」

「お任せちゃーん」

「いえいえ、無理ですって。あたし、そんなの」

 リズリースタントが悲鳴をあげる。

「つらい? じゃ、ルオー、お前が()れ。できるだろ?」

「できますけど。勝手に決めたらいけませんよ、パット」

「ほんと? できる? お願いしていい、ルオー?」


 ロザリンドとしても心が描くままにアームドスキンを動かしてみたい。もし、それができるなら願ってもないことだった。


「話は決まったな。じゃあ、再開する」

 監督が手を打つ。

「追加シーンも多い。地上分も撮り直し出るぞ。締まっていこう」

「はい!」


 その後は順調に撮影が続く。問題のシーンもルオーが見事に演じてくれて良い仕上がりになった。


「スケジュール空かなくなっちゃった。みんなでリコレントの美味しいもの巡りする計画は延期ね」

「はい、またの機会にしましょう」

「約束ぅ」

 ルオーとクーファとの約束は反故になってしまう。


 その後、公開された『世界、果てるとも』は大ヒットを記録する。戦争を描きながらも優しいエンディングが子どもから大人までを魅了した。しかも、類を見ないほど洗練されたアームドスキンアクションシーンが玄人までを唸らせる。


(なにもかも、あの三人のお陰ね)


 わずか一作でロザリンド・メーガスンはトップ女優の仲間入りをする。スケジュールは一瞬で埋まってしまい、二人との約束は果たされていない。


(今は頑張って一財産築いたら個人的に二人を雇って遊びまわればいいでしょ)

 ガードという名目で雇えばいい。


 名作と語られる『世界、果てるとも』だったが、スタッフロールの最後のほうにあるスペシャルサンクスに『ライジングサン』の表記があるのもロザリンドは大のお気に入りだった。

次はエピソード『泳ぎ上手は川で死ぬ』『詰めたつもりが(1)』 「自分はお前の睡眠剤か?」

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― 新着の感想 ―
芸能関係、特に映画やドラマに関わる回は毎度とてもお気に入りです。 今回も楽しませていただきました!
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