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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
意地を通せば窮屈だ
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光差す(8)

「あなたがいてくれて本当によかった」

 ロザリンドはクーファを力いっぱい抱きしめる。

「もし、たった一人で遭難してたら頭おかしくなってたと思う。最後の瞬間までまともでいられたのはクゥのお陰よ」

「ロゼぇ?」

「ごめんね。ごめんね。こんな私に付き合わせた所為であと少しで死んでしまうなんて。つまらないこだわりで死ぬなら私一人でよかったのに」


 まだマシなほうの後悔だった。猫耳娘の炭素フィルターを奪い取って生き長らえていたりしようものなら、この程度の後悔では済まなかったと思う。死の間際に多少は自分を褒めてあげられた。


「大丈夫ぅ」

 クーファは小さな身体で抱きしめ返してくれる。

「あきらめたら駄目ぇ。絶対にルオが来てくれるからぁ。だって、外の世界は誰にでも優しいもん」

「そう? そうよね。クゥならそう感じるでしょう」

「これくらい怖くなくてぇ」


 彼女が落ち着いて行動していたのは生い立ちの所為だ。ロザリンドが無情と感じる宇宙空間も、クーファにとっては機材だけあれば生きていられる場所なのだ。病魔という不意の死に直面することがない。


「こだわってなかなか上手くいかなくても、どんなに不自由でも生きていればなんでもできるもの。あきらめないで生き続けるのが大事なのね」

 最後まで元気づけてくれる。

「ルオに会えるまでクゥもあきらめててぇ。でも、ルオは絶対に裏切らないからぁ」

「そうね。あの人は頼りになるわ」

「ロゼも朝日の光が差すところにきっと連れてってくれるぅ」


 もうフィルターの残り時間は分単位でカウントダウンされ始めている。機能停止して酸素が足りなくなるとどれほど苦しいだろうか。それでも落ち着いていられるような気がしてきた。二人ならばと思っていると光が差し込んできた。


「ここにいるんでしょう? 出てきてください」

「ほら、ルオ、来たぁ」


 ハイパワーの無線の声が飛び込んでくる。希望を示す彼の声だった。


「ああ、嘘みたい。奇跡だわ」

「早く行こぉ。ルオ、待ちくたびれちゃう」

「うん……、うん」


 涙が止まらない。生の喜びとはこれほどのものかと感じ入った。クーファに腕を引かれるまま廃艦の中を進む。例の破壊孔から見慣れないモスグリーンのアームドスキンが姿を見せていた。


「ルオ!」

「クゥ!」

 飛び出した彼女を抱きとめる青年。

「よかった。見つけられました」

「うん、信じてたぁ」

「もう限界でしょう? 早くこっちへ」


 コクピット内に招き入れられる。すぐにプロテクタが落ちて内部が空気に満たされた。二人は実に六十時間ぶりにヘルメットを脱ぐことができる。


「ルオ、ルオ……」


 猫耳娘は彼にすがりついて泣いていた。能天気に振る舞っていたように見えて、内心ではどれほどの不安を抱えていたのか窺い知れる。


「すみません、来るのが遅れてしまって」

 青年も涙をにじませていた。

「いいのぉ。ルオが一生懸命探してくれたのわかってるからぁ」

「でも、不安だったでしょう? ごめんなさい」

「許してあげるぅ」


 甘える猫のように頬を擦り寄せている。二人がどれほどの信頼関係を結んでいるのかわかる光景だった。もっと深いところでお互いにどんな想いを抱いているのかも。


「平気でしたか。あなたは強い人ですね」

 ルオーが改めて話し掛けてくる。

「とんでもない。もう、ほとんど折れてたわ。覚悟したもの」

「ほんとにすみません。僕が余計なことを言ってしまった所為でこんなことになってしまいました」

「違う。あなたはあなたなりに私のこだわりを酌んでくれて作品の完成度を高めようとしてくれた。それが嬉しかった」


 嘘偽りのない気持ちである。恨みなど微塵も感じていない。助かったのがただ嬉しいだけ。それと一つだけ疑問が。


「どうやってここを見つけられたの?」

 周囲に他のアームドスキンはいないので組織的に動いたのではないとわかる。

「あれです」

「あれってクゥの落書き?」

「落書きじゃなくてぇ」

 抗議の声を投げつけられる。

「レーザートーチで書いたんでしょう? 発熱した装甲板が微弱ながら赤外線を遠くまで放っていて、それを辿ってきたんです」

「え、そんな効果が? 全然気づかなかった。クゥがそこまで計算してたとは恐れ入ったわ」

「そうなのぉ?」


 どうやら無意識の産物らしい。彼女は本当に目印になると思ってやっていたのだ。それさえも二人の絆のように思えて仕方ない。


(こんなものなのかもね)

 大事なことというのはなかなか目に見えない。

(こんな関係を築くのは大変。だったら私は言葉を尽くそう。全身で表現しよう。生きている証を皆に示そう。それが生還できたことへの感謝になるはず)


 今更ながら嬉しさが込み上げてくる。こぼれた涙がコクピット内部を漂った。隠すこともできない雫を見咎められるのがちょっと恥ずかしい。


「つらいですよね。急いで戻りますから」

 ルオーはクーファをサブシートに座らせている。

「つらい? 大丈夫よ、もう死ぬことないでしょう?」

「ですが、トイレカートリッジはいっぱいで溢れちゃってると思いますから大変なんじゃないかと」

「あなたってデリカシーに欠けてるとこあるのね?」

「事実でひょうにー」


 ロザリンドは青年の頬をつねって引っ張った。

次回『光差す(9)』 「勝手に決めたらいけませんよ、パット」

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