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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
意地を通せば窮屈だ
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光差す(6)

 目覚めるとロザリンドは休憩に選んだ部屋の中に浮いている。近くではクーファが丸くなって漂っていた。眠っている間に救助が来て起こされるという夢は潰える。


(これだけの時間、見つけられないってことは見失ってるかそれどころでない状況)

 チニルケール号も遭難しているか、あるいは事故で捜索もできない状態か。

(たぶん後者はない。航宙船舶は非常事態に備えて様々な遭難回避手段があるもの。身ひとつの私たちとは違う)


 だとすれば見失っている。こちらから、なんらかのアクションをせねば発見してもらえない状況と思ったほうがよさそうだ。


(あるいは自力で戻る手段を講じるか)

 それも難しい。


 フィットスキンに装備されているジャイロは簡易なもの。母船のおおまかな方向こそわかるが、そちらに向けて飛び出す度胸はない。わずかでもズレていれば移動するほど誤差は増大し、むしろ発見してもらえる確率は下がる一方だろう。


(なにかを起こす。例えば爆発とか目立つ方法を)

 思い立つ。


「クゥ? 起きて、クゥ?」

 揺り起こす。

「ふぁっ?」

「目が覚めた? まだ時間的余裕があるうちに目立つことをしなきゃいけないと思うの。見つけてもらうために」

「見つけてぇ……?」

 まだ眠そうにしている。

「それも早急に。炭素フィルターはあと三十時間弱しかもたないんだもの」

「ほんとぉ。寝てたぁ」

「それとね……」


 考えた方法を伝える。この廃艦で目印になる事態を起こさねばならない。大きな爆発を起こすような目立つ手段を探す。かつ、自身の安全が確保できる範囲で。


「そのためのなにかを探しましょう」

 目の開いてきた相手に説く。

「もう手段を選んでいられない。別々に動いて探すの。危ないけど、フィットスキンのジャイロを信じて。ここを拠点に時間を区切って集まるようにして」

「わかったぁ。爆発するものってぇ……」

「なんでもいいわ。爆発物だけじゃなくエネルギーパックみたいなものでも」


 充電されている機器でもやりようによって破裂させられる。知識は乏しいが模索すればどうにかなるはずだ。


「とにかく探してみましょ。このままじゃほんとに……」

「探すぅ」


 改めて艦内の探索を始める。使える炭素フィルターを発見する見込みは薄い。なにか見つけなければ現状は打開できない。


(見つからない)

 一生懸命に探すが生きている機材さえない。


 壁を蹴って進む。あるいは腰のマグネットストリングを発射して空間を一飛びにする。広い艦内を探索するには必要だ。時間も節約したい。


(バッテリーはまだもつ。生命維持だけなら二百時間以上)


 エア循環や体温維持に使っているバッテリーは燃料電池式なので省スペースで容量も大きい。それより喫緊の課題は酸素の確保になる。


「なにかないの? なんでもいい。ボンベでも、エネルギーパックでも、使えそうな通信機器でもなんでもいいのに」

 焦燥感が声としてもれる。


 しかし、二百年という時はあまりに無情だった。なに一つとして使えるものがない。それどころか、規格の変化でどうやって使えばいいのかさえわからないものも少なくない。


「こんなにも……」

 絶望感で嗚咽がもれそうになってしまう。


 彼女がいるのは、ただの空虚な無機物の塊でしかなかった。触れるもの全てが硬い感触しか返してこない。落胆ばかりが降り積もっていくのを抑えられない。


「なんでー!」

 叫んでもヘルメットの中で反響するのみ。


(怖い。怖い。死ぬのが怖い)

 呼吸が浅くなる。

(なんでよ、ロゼ。あなた、何度も死んできたじゃない。ただの演技だけど。あんなの見せ掛けでしかなかった。ほんとに死ぬのってこんなに怖い)


 死とはなにか。ロザリンドも幾度となく向き合ってきた。演技するうえでも、それ以外でも。しかし、実際に迫ってくる恐怖はそれ以上である。


(私はどうなるの。魂だけ抜け出て彷徨う?)

 非現実的な考えに陥る。

(置き去りにして逃げたあの娘を恨んで幽霊になる? そんなわけない。ただ、生命活動が終わってしまうだけ。それは……、単なる意識の途絶……)


 余計に怖ろしい。生きていた印はなにも残らず消える。映像には残っているが、それを自分が見たり聞いたり感じたりできない。誰かの記憶に残るなんて綺麗事だ。自分が生きていなければなんの価値もないと思えてしまう。


「あ、時間……」

 アラームが鳴る。


 あまりの恐怖に打ち震えていても仕方がない。拠点に設定した部屋に戻ることを考えた。それも誤魔化しでしかないように感じる。


「あった」


 なにもかもが悪い夢であればとまで考える。しかし、現実は容赦なく襲いかかってくる。ドアを引き開けるとそこにはクーファがふわふわと漂っていた。


「ロゼ、戻ってきたぁ」

 喜びを表す。

「なにか見つけられた?」

「なんにもなぃ」

「そうよね。私も見つけられなかったもの」


 どうにも必死さが足りないように思える。脳天気な猫耳娘に苛立ちさえ湧いてきた。もっと頑張ればなにか見つけられたかもしれないのに。


(炭素フィルターの残量はあと二十六時間)

 ほぼ一日とかなり厳しくなってきた。

(もし、クゥの炭素フィルターを奪えば私は二日生きられる。それだけ色々試すことができる)


 とても危険な考えがロザリンドの頭をよぎった。

次回『光差す(7)』 (もしかして僕は的外れな提案をしてしまったのか?)

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― 新着の感想 ―
更新有り難うございます。 死ぬ(死体)の演技って最高難易度ですよね?
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