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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
意地を通せば窮屈だ
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光差す(4)

 ロザリンドは色々なことを考える。


 なんらかの問題が起きてリズリー役のスタントパイロットは帰らなければならなかったかもしれない。クーファが言うように、今の電波障害がターナ(ミスト)の所為ならば賊の襲撃を受けたチニルケール号を守りに戻ったか。


(彼女は元軍人でもない。アームドスキンに乗れても戦力にはなれない。可能性としては薄い)

 むしろ二人を守って脱出を図ろうとするほうが合理的だ。


 深刻に考えすぎだろう。単に悪戯か。それこそコンテンツのドッキリを仕掛けられているかもしれない。慌てふためく様を録画されているか。あり得ない。もし、そうならクーファも仕掛け人になる。最も不向きなタイプと思える。


(手違い? 濃厚よね)


 間違いでターナ(ミスト)が放出され、急に電波障害が起きたらどうなるか。つい先ほどの自分たちのように慌てる。まず帰ることを考える。アームドスキンに乗っていればすぐ飛び立つだろう。


(一番しっくり来る)


 だとすればどうすべきか。動かないのが一番である。手違いで置いていってしまったなら、まず迎えに戻るのが筋だ。そのためには二人が不用意に移動するのが最もやってはいけないこと。


「クゥ?」

「なぁにぃ?」

 唯一の同行者を呼ぶ。

「置き去りにされたけど、ちょっとした手違いだと思うから変に移動したりしないほうがいいと思うの。わかる?」

「わかるぅ。でもねぇ、そもそも移動するとこ、ないのぉ」

「え?」


 見渡せば、小さい粒みたいに見える別のデブリが幾つか。ただし、見えているだけで実際には凄まじく離れている。気軽にフィットスキンで遊泳して行ける距離ではない。


「そうだった」

「このお船の中だけぇ」

「まずは待ちましょ。きっと迎えが来るから」

「うん、ルオ、来てくれるぅ」

 懐いている相手の名前を出す。


(そんなに信頼してるのね。確かに見た目のわりに機転が利くし、物事をよく知ってる。困ってることはあっても、あまり焦っているところは見たことない)

 常に冷静だ。

(実戦を知ってるプロからすると、私たちのやってる撮影なんてお遊戯みたいに見えてるのかも)


 ターナ(ミスト)の特性もよく知っていた。最初に冷静になって迎えを提案するのも彼だろう。静かに待っているのが正解だ。


「暇ぁ。ロゼの出た『アルコンの丘』観るぅ」

「あれ、悪役よ。ヒロインに意地悪ばかりする女」

「ネット、繋がんなぃ」

「当たり前じゃない」


 変に抜けてて和んだ。なにより落ち着いている。それが伝染して、ロザリンドも少しは平静を取り戻す。


「ねえ、クゥはどうしてルオーたちと一緒にするようになったの?」

「んー、決めたのぉ。ルオならクゥがなにすればいいのか決めてくれると思ったからぁ。それに好きぃ」

「なにをするって? それまではどうしてたの?」

「クゥはぁ……」


 思ったよりずっと紆余曲折な人生だった。転々として誰とも縁の薄い時間を過ごしている。両親とも疎遠のようだ。その中でルオーが最も彼女を受け入れてくれると感じたらしい。だから、彼のところに飛び込んだという。


(これほど型破りだとね。傍で見ている分には面白いけど、ずっとだと大変だもの)

 納得する。


「ロゼはぁ?」

「私? 私はね、好きな人ができて同じ演劇の道を選んだけど、ほんとに恋したのは演者である自分だったわ」


 過去を振り返ると様々な思いが蘇ってくる。『世界、果てるとも』のオーディションに受かってからは全力集中だったが、改めてなにを夢見ていたか思い出した。


(みんなに見せたい、私の演じる色々な誰かを)

 それで人生のなにかを見つけてくれる観客がいれば本望だ。


「迎え、来ないわね?」

「来なぃ」

 いつの間にか二時間が過ぎていた。


 ただ漫然と光る星ばかりの宇宙。そこに意思を感じさせる輝きはない。瞬く光があればアームドスキンの推進光なのだが見える気配もない。


「二時間は長すぎ。なにしてんのかしら」

「探してるぅ?」


 そう言われてはたと気づく。もし、この廃艦を見失っていたら。ターナ(ミスト)という電波レーダーを無効にする物質が撒かれていたらその可能性もある。


「気長に待つ必要があるかも」

「そうかもぉ」

「フィルター、どれくらい残ってる?」


 フィットスキンに付いているのは通称『炭素フィルター』と呼ばれているもの。ヘルメット内の空気を循環させて、呼吸に含まれる二酸化炭素を酸素に還元している。化学反応で炭素を取り除いているから炭素フィルターだ。


「五十六時間」

「私のも同じね。出るときは新品だったから」


 フィットスキンで行動するときは半ば習慣化している。航宙船舶から離れるときは必ず新品と交換するのが鉄則。一般的で安価なものはフルで六十時間もつ。なので四時間ほどが経過している計算だ。


「まずは空気の確保ね。この廃艦の中にエアが残っているとこあるかも。探しましょう?」

「わかったぁ」

「でも、離れ離れになるのは危険。効率悪いけど常に一緒にいないと駄目だわ」


 電波が通じない状態が続いている。一度離れたら二度と合流できないかもしれない。破壊されて放棄されているとはいえ十分に広い内部を残している。


(二百年。息のできる場所が残ってるって思うのは贅沢かな。でも、使える炭素フィルターが残ってたら条件は変わるし)


 ロザリンドは希望を胸に艦内の捜索を始めた。

次回『光差す(5)』 「こうしてたらルオが来るまで、ちゃんと待ってられてぇ」

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― 新着の感想 ―
更新有り難うございます。 水と空気が高級品の世界…………。
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