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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
意地を通せば窮屈だ
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光差す(3)

「遊泳の練習ですか」

 ルオーは呟く。


 リズリー役のスタントパイロットは二人を乗せて近くの廃艦まで連れていく。そこで帰りを待っていたところでターナ(ミスト)をアームドスキンが検知した。全く経験のなかった彼女は完全にパニックに陥る。


「そのままじゃチニルケールに戻れなくなる気がして、遭難しちゃうって思って、慌てて飛び出して……」

 動転してとりとめのない言葉が続く。

「ギリギリ望遠で見えたから焦って飛ばして、どうにか帰ってこれたんだけど……」

「二人を残してきたのにそこで気づいたと」

「おいおい、ちょっと待ってくれ。そいつはマズいな」

 パトリックもさすがに焦りを感じさせる。

「無責任に過ぎるぞ。なんということを。すぐに迎えに行きたまえ」

「でも、どれがあの廃艦なのかもうわかんなくなっちゃって」

「そういうこともあるでしょう、パニックになってれば」


 前後不覚の状態で宇宙を飛べば起こり得る。それくらい、比較対象物の少ない空間だ。


「ずいぶんと落ち着いているが大丈夫なのかね? 君のところのクーファ君もいるんだぞ?」

 監督は再び焦りの色を濃くしている。

「僕たちが戻ってきた方法と同じです。機体のジャイロに移動履歴が残っているはずなので、それを逆に辿ればどのあたりにいるのかは推察できますから」

「そうだな! 君の言うとおりだ」

「誰か吸い上げてきてもらえません?」


 お願いするとすぐに手配してもらえる。移動履歴データが操舵室(ステアハウス)まで届けられた。一同でそれを閲覧する。


「よしよし、残っている。これで救出に行けるな」

 監督は一息入れている。

「ずいぶんめちゃくちゃに飛んだものね」

「もう、パニックになってて、とにかくちっちゃな点にしか見えないチニルケール目指してたんで」

「あるある。仕方ないって」

 パトリックは彼女の肩を持つ。


 しかし、ルオーは渋い表情になった。飛行経路があまりに乱雑である。


「これはいけない」

 頭を抱える。

「どうしたのかね?」

「レーダーが利かない状態での飛行です。ジャイロは周囲の星の配置などから記録しているでしょう。これほどに進路変更が多いと相当な誤差が含まれているものと思わないといけません」

「ほんとなの?」

 ヘルデの顔色が変わる。

「僕の船で演算させます」

「確かにこいつは民間船じゃ厳しいか」

「ティムニ?」


 移動履歴データを彼女に送り演算してもらう。厳しいとは思っていても、ティムニの能力でならある程度特定できるのではないかと希望的観測を抱いて。


『履歴データから計算した廃艦の相対位置はだいたいここー』

 デフォルメアバターが投影パネルに表示させる。

「これくらいなら人員を総動員して捜索すればなんとかなるだろう」

『廃艦の公転速度データがないからー。時間経過を踏まえて、予想される実際の範囲はこれー』

「な!?」


 予想どおり、とてつもなく広くなってしまった。範囲内にある廃艦デブリの数だけでもどれほどになるか想像に難くない。


「僕たちは独自に自機で捜索させてもらいます。データを共有して進めましょう」

「おう、行くか、ルオー」


(不慣れな彼らに主導権を与えたってどうにもならない。こっちはこっちで動かないと)


 ルオーは不本意ながら決断せねばならなかった。


   ◇      ◇      ◇


 ロザリンドが異変に気づいたのは遅きに失したといえるタイミング。誰も彼女を責められはしないが、クーファとの無線交信が怪しくなった段階だった。


「クゥ? あれ?」


 ノイズがひどくなったので猫耳娘が離れすぎたのかと思って横を見ると数mと離れていない位置にいる。それなのに彼女の声が途切れ途切れになった。


「なにこれ? どういうこと?」

「これぇ? 切れ方、ターナ(ミスト)ぉ」

 あっけらかんと言ってくる。


 それも、ヘルメットを触れ合わせての会話だ。そうしなければ明瞭に伝わってこない。


「よく聞こえるようになったけど」

「接触回線。触ってたら話せてぇ」


 手を繋いでいるだけでも会話に問題は出ない。記憶を掘り返して、フィットスキンの表面に施された微細電線のことを思い出した。


「ターナ(ミスト)って本当? それで無線が通じなくなったの?」

「たぶん。こんな感じになったの、クゥも他に知らなくてぇ」


 宇宙での経験値はクーファのほうが高い。今は信じるのが順当だろう。


「だとすれば大変なこと。戻りましょう」

「うん、帰るぅ」


 廃艦の中を泳いで戻る。できるだけシンプルなルートを選んでいたし、ようやく泳ぎ方も慣れてきたところ。体感的にはそれほど手間取ったとも思えない。


「嘘でしょ……?」

「いなぃ」


 破壊孔にたどり着いたが、そこには待ってくれているはずのアームドスキンがいない。焦りが出てきて何度も確認したが、間違いなく入ってきた孔のはずであった。


「もしかして、置いていかれた?」

「かもぉ」

 クーファの耳が寝ている。

「そんな。こんなところにフィットスキンだけで置いていかれたらどうなるか……」

「ルオのとこ、帰れなぃ」

「まさか」

 体温が急に下がったような感覚に囚われる。

「大っきな船なのに全然見えないのぉ」

「私たち、遭難した?」


 ロザリンドは身体の震えを止められなかった。

次回『光差す(4)』 「まずは待ちましょ。きっと迎えが来るから」

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