そそのかされて(5)
『σ・ルーンにエンチャント。3、2、1、機体同調成功』
ルイン・ザのシステムアナウンスが新しいσ・ルーンからも聞こえてくる。
『パイロットをルオー・ニックルで登録しました。操縦プロトコル読み込み完了。各部パラメータ同期化します。成功。インストールしたプロトコル内容を本機に同期してもよろしいですか?』
「いいですよ」
『同期します。一部、自動調整が許可されました。起動開始後実行します』
聞き慣れないインフォメーションも幾つかある。個人所有機というのはそういうものだと理解することにした。
『星系外向け航路は混雑してるから反対方向に行くね、ルオー』
「ええ、他の方の邪魔にならないようにしてください」
夜が空の上から降りてくる。宇宙機でしか味わえない光景に子供の頃には感動したものだが最近は忘れていた。軍学校での実習のときなどそれどころではなかったのもある。
(こんなに綺麗だったっけ)
星の瞬きが小さくなり、逆に輝きは増していく。介在物が少なくなっていくからだ。遠く、小さな光が動いているのは人工衛星だろう。周回軌道を取っている。基本、国が管理しているので数も少なく衝突の可能性は極めて小さい。
別の航宙船舶の離脱であれば航宙灯を明滅させていたりプラズマジェットの尾を引いていたりする。管制に従っているかぎりはニアミスは起こらないと思っていい。
(ものの見え方なんて気分で変わってしまうんだろうなぁ。なにもかもあきらめていた頃より今のほうが素直に見れているかもしれない)
藍色に暮れていく宇宙。マロ・バロッタの反射光がそう見せている。大気のない惑星付近では見え方が違うといわれているがルオーはまだ経験がない。実際に目にするとどんなものだろうかと思う。
(こんな、希望を抱いてゆったりとしているのなんていつぶりかなぁ?)
静かに見つめていた。
「あっと。ボーっとしてました」
『いいよん。男の子の顔してたー』
ティムニはからかうでもなく、余裕の微笑みで見守っている。まるで母性を持っているかのように。
「誰かがライジングサンを見てたら、どんなふうに感じるかなって考えてました」
『宇宙を飛ぶ魚?』
「やっぱりですか。そう見えるよう設計されたんですかね?」
『んふー、そうでもないんじゃない。効率重視』
悪戯な笑みには意味があるのかもしれない。しかし、そのときのルオーはまったく気にならなかった。
『そろそろ夜に入るー。発進準備して』
「わかりました。君はそのままついてくるんですか?」
『船の制御はそんなに重くないもん。それよりルオーの操縦感覚を生で見ておくのが大事ー』
大気圏離脱の途中からパイロットシートのロックバーは降りている。今は身体にほとんど重みを感じていない状態。格納を意識スイッチで命じると、シートはほぼ音も立てずに操縦殻内に収まる。
プロテクタが降りるとモニタが点灯。ブレストプレートの内側が見えていたが、それが下がって視界がクリアになる。キャッチ音がして外では胸部が覆われているはずであった。
『各部異常なし。対消滅炉出力通常で』
『出力100%です』
ティムニはわかりやすいよう、わざわざ口頭でシステムに指示してくれる。
『発進スロット開放。周囲クリア。発進よろし』
「了解。ルイン・ザ、発進します」
『ゴー!』
腕を突き上げる二頭身アバター。
驚いたことに舷側に当たる側面が発進スロットになっていた。ルオーから見て右側が開いており、そちらへ放出される。
戦闘艦であれば通常は足下が発進スロットになっていて足から宇宙に落ちていく感覚なのだが、ライジングサンでは横に吐き出される感じ。それもうつ伏せに寝たままである。
(速度1200。巡航から落としてるんだ)
秒速で1200m進んでいる。戦闘速度よりかなり速い。船とは並走しているが表示はみるみる下がっていく。ティムニが同期化してくれているのだろう。
『ビームランチャー保持の意識スイッチは同じだけど動作違うから気をつけてー』
「背中ですもんね」
普通はヒップガードに格納しているビームランチャーだが、ルイン・ザのスナイパーランチャーはロングバレルなので背中にラッチされている。キャッチアームごと脇に旋回してくるので右手に取る。
『ターゲットはバーチャル。トリガーは落ちるけど発砲しない設定。気にしないで撃ってみて』
「わかりました」
モニタに映るターゲットは意外と小さい。σ・ルーンからもセンサー情報として入ってくるので自然にイメージできた。ちゃんと射線も見えたので問題なく狙撃する。
『一発ね。じゃ、これはー?』
今度は五つのターゲットが現れて、それぞれ別の方向に動き出した。周囲を巡るターゲット全てを意識しつつ、正面に入ってくる順番に撃ち落としていく。
『全部一撃? やっぱり』
「なんです?」
『ううん』
(空とぼけてる。君が欲しかった僕はこれなんでしょう?)
彼もやっと手に入った自由の翼を見過ごすつもりはない。
色々と試しているうちに夜の面から抜けてくる。主星バロッタの光が差し込んできた。
『旭日の光。ロゴとは別にエンブレムにしない?』
「かまいませんよ」
それはルオーの希望の光でもあるように思えた。
次回『割り込まれて(1)』 「どうして?」