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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
意地を通せば窮屈だ
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難関越えて(4)

 戦場跡デブリ帯に到着してすでにアームドスキン班のロケは始まっている。午前中の撮影を終え、午後の演者班の撮影開始を前にミーティングが行われていた。


「実機で撮影したいだって?」

 ロザリンドの願いにディルフレッド監督が答える。

「動かしたいなんて言いません。ただ、実機シミュレーションの状態で撮影すればより良い演技ができると思うんです。すでに撮影したアームドスキン映像をモニタに反映するのなんて難しくないですよね?」

「技術的にはね。しかし、実機での撮影は無理だ」

「せめて、撮影コクピットが本物の操縦殻(コクピットシェル)だったらと思います。シミュレーションできるコクピットだったら練習も捗ったのに」

 苦言じみてしまう。

「今さら準備しろなんて言いません。それほど安いものではないでしょうから。空いている機体を使って撮影できたならって」

「それが無理なのだ。どうして撮影コクピットを使うと思ってるのかね?」

「機材を設置したままにできるから?」


 コクピット内部には様々な角度からのカメラやマイクなどが多数設置されている。基本的には演者が乗った状態で同撮同録で進められる。それだけの機材をスタントマシンに設置したり外したりは手間だからだと思った。


「それもある。が、それだけではない」

 監督は難しい顔をする。

「ロゼ、スタントマシンでは撮影できないんだ」

「なぜです、ニコ?」

「撮影コクピットは声が明瞭に伝わるような内装が施されているからね。実物のコクピットだと戻った音をマイクが拾って反響したような感じになる。加工できなくもないが、演者の芝居まで削られるのは面白くないだろう?」

 内壁がモニタになっていないのに改めて気づいた。

「それで……?」

「毎回アームドスキンが登場する戦争ものや子ども向けの連続ドラマなら撮影用のアームドスキンを準備できる。でも、今回みたいな一本もののムービーとかじゃそこまでできない」

「技術的に無理じゃないのは確かなんだがね」


 カメラやマイクをモニタやパイロットシートの中に仕込み、球面モニタの表面に音響処理を施す。そうやって同録可能な環境を整えているそうだ。


「それも毎回登場する主人公機が精一杯だろう。手が掛かるものなんだよ」

 ニコに諭される。

「もちろん、環境を整えればいいものができるのはわかっている。しかし、それだけの機材を、しかも複数準備するのは幾らなんでも無理だった」

「監督はそれよりも僕たちが掛け合いで演技できる環境を重視したんだ。撮影コクピットならそれが可能だろう?」

「言われれば確かに」


 掛け合いの重要性は女優のロザリンドだからこそ十分に理解している。他の演者の演技に引き込まれて、いわゆる入った状態になることなどザラである。お互いに引き出し合って、二度とできないような芝居になることも。


「カメラテストを見ていれば、努力して演技の質を上げてきているのが手に取るようにわかる。それならば君のこだわりにも応えたいところなのだが、どうしても無理な部分はあるのだ。わかってくれたまえ」

 監督にそこまで言われて引き下がらないわけにはいかない。

「無理を言ってすみませんでした」

「本当にいいものを作りたいという君の気持ちは僕にも監督にも伝わってる。その熱意が僕たちも燃えさせてくれるよ。ありがとう」

「そんな。差し出口をして申し訳なくて」

 熱くなっていた心が冷めるとどれだけ大胆なことをしたのか気づいてしまう。


(無名女優が好き勝手言って。次から使ってもらえないかもしれない)

 今さら怖くなってくる。


「ロゼ君のお陰で、いい感じに現場が温まってきたな? では、進めようではないか」

 監督が朗らかに宣言してくれた。

「もちろん君の提案どおり、実機シミュレーションでの練習ができるよう手配しよう。クルス、君も頑張ってくれ」

「え、俺、置いてかれてる? ヤバい。頑張ります」

「頼むよ」


 演者班が笑いに包まれ、ロザリンドは安堵に胸を撫で下ろした。


   ◇      ◇      ◇


 撮影用の中継子機(リレーユニット)みたいな無人機カメラが複数周囲を飛んでついてきている。それを目の隅に捉えながらルオーはレイ・ロアンを大型デブリに張り付かせた。


(かなり大物ばかり残ってるんだねぇ。これなんか当時の戦闘艦の成れの果てなんだろうなぁ。ずいぶんと壊れて原型を留めてないけど)


 機関部が誘爆したのだろうか。艦体の後ろ半分は爆発痕だけを残して消え失せている。激しく千切れたような破断面をさらしていた。さらにそこへ小さなデブリが衝突して融合していて、今や見るも無惨な姿になってしまっていた。


(こんなのがいっぱい浮かんでる。撮影素材には苦労しないだろうねぇ)


 古臭さを除けばの話。観る側にすればそれほど気になる部分ではあるまい。なにせ、一瞬で過ぎ去っていく背景でしかない。


「っと、来ましたか」


 AIプランどおりにルーメットの一団がやってくる。ビームランチャーを手に取って砲撃戦を開始。発射するビームは演習レベルに抑えられているので直撃しても損害は出ない。


(撃破シーンはあとで加工するらしいけど)


 いっそのこと全部グラフィックで作ればいいように思えてしまう。しかし、実機を使った撮影に勝る臨場感はないとのメインスタッフの主張だった。


「ここで主人公機に狙撃っと」


 ルオーはプランに合わせて狙いを定めた。

次回『難関越えて(5)』 「向けたら避けるじゃないですか」


*春休み更新を終了します。明日よりは一回分の更新に戻ります。

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