難関越えて(3)
自分の腕を動かすと、別に見なくとも動いているのがわかる。これは、そういうふうに筋肉に指令を出せば動くという経験則から来るものではなく、神経系を通じて動いている感触が帰ってきているからだ。
アームドスキンにも同じ機構が組み込まれているとロザリンドは教えられる。駆動させる信号とは別に動いた実測値が制御部に戻ってくる。インパルスシステムと呼ばれる信号が彼女にも感触としてσ・ルーンを介して伝わってきていた。
「外からの力によるアクションフィードバックがあるのもこの仕組みのお陰です。なので、パイロットは機体にどんな力が加わってるとか、どれほどの衝撃を受けたかとかも知ることができます」
ルオーが滔々と説明する。
「そういう勉強もするの?」
「はい、僕の場合は軍学校の授業で習いました。知ってないと、不具合が出たときになにが悪いか整備士に伝えるのも無理なんで」
「そう言われればそうね。最低限の知識って必要なんだわ」
納得に至る。
「インパルスシステムお陰でほぼ人体同様に動きを感じることができる。だから、実機シミュレーションをすればブレイクスルーが起こるって君は思ったのね?」
「大概の人がそこで気づくんです」
「私も大多数の一人だったみたい」
彼女の乗るレイ・ロアンは腕を思うとおりに動かしている。それを膝下の3Dモデルで確認することができた。考えてどうこうではなく、ほぼ感覚的に動かせる。
「少し調整しますね」
ルオーがコンソールスティックをレイ・ロアンに接続する。
「今はわかりやすいよう動作比を『1』に設定してます。マスタースレーブシステムで、フィットバーを動かした分量だけアームドスキンの腕も動く設定です」
「それって『1』が当たり前じゃないの?」
「わかりやすいだけで、実は現実的でない設定です。例えば背中に腕をまわそうとしてみてください」
言われたとおりにする。
「あ、シートがあるから当たっちゃう」
「フィットバーの可動域であっても機体にはないものに当たってしまうんです。それでは機体の腕の可動域が減ってしまいますよね?」
「それで動かした分だけ動くって設定は現実的じゃないのね」
素人考えでは、人間にはできてロボットにできない動作があるというのは常識であるかのように思える。しかし、パイロットにとってできない動作があるのは死活問題だという。
ましてや、可動域の中に操作上の非可動域ができるなどあり得ない。なので、彼らは動作比を1より高く、つまり、フィットバーを動かしたより大きく動作するような設定をする。
「動作比設定はパイロット個々によって違います。使いやすさにも直結しますから。なので、動作比はプロトコルの中に含まれています」
動かすときの癖と同じ扱いらしい。
「私にどのくらいの比率が合っているか調整するわけ」
「はい。僕などはわりと低いほうだと思います。2を切って1.5に近い数字ですから。パトリックは2くらいで使っているはずです」
「フィットバーを動かした二倍の動作をするのね。それって好みの問題?」
個々に違うのは好みに起因すると思えた。
「ある意味そうですけど、違うといえば違います。動作比を高くすればするほど速く動くんです。当然ですよね、二倍ですから」
「あ、そうだった」
「動作比を上げればアームドスキンは速く動いてくれる。でも、上げるほど思いどおりの位置に動かすのが難しい」
ロザリンドもそれを実感していた。ルオーに動作比設定を2にしてもらうと、今度は思ったところに手が行かない。動かしている感覚と実際に動いた感覚に狂いが生まれてしまう。設定を大きくするほど差は大きくなる理屈だ。
「結果、パイロットたちは模索するわけです。どのくらいの比率なら自分にマッチした動きをしてくれるか、と」
設定を下げてもらいながら体感する。
「ほんと、低いほど使いやすい。当たり前よね。でも、支障が出る」
「兼ね合いの問題なんです。乗ってるうちに上げていったりしますが、どこかで一番マッチするポイントが見つかります」
「わかるー。でも、模索してる時間がない」
もう、ロケ開始は目の前である。
「ロゼの場合、そんなに気にしなくてもいいんじゃないかと思いますよ。すごく低めのわかりやすい設定のほうが観る人には映えるんではないかと」
「あ、確かに」
「まあ、玄人ウケは悪いかもしれませんけど。プロがそんな設定で乗るかって」
「悩みどころね」
そんな感想まで出てくる。なぜなら彼女はもう、腕に関しては感覚的に動かせるに至っているからだ。そこが自由になると、なにか底が抜けたかのように足も動いてくれる。ブレイクスルーが起きたのだ。
「めちゃくちゃ気持ちいいんだけど」
満足感が半端でない。
「それを可能にしたのは、頑張ってずっとσ・ルーンラーニングを続けていたからです」
「そうなんだ。まるでこの瞬間のためみたい。本気でライセンス取りたくなる」
「クゥも遊びたぃ」
晴れた面持ちの彼女に誘発された様子でねだる。
「ごめん。もうちょっと。クゥはこれを知ってるの?」
「ルオによく乗せてもらうからぁ」
「実機シミュレーションで訓練してるの? 体力トレーニングしかしてないって言ってなかった?」
「彼女には遊びにしか思えないみたいなんですよ」
ルオーは苦笑いする。
想像できたロザリンドは声を立てて笑ってしまった。
次回『難関越えて(4)』 「空いている機体を使って撮影できたならって」