難関越えて(2)
投影コンソールをルオーが操作するとアームドスキンの前に『起動テスト中』という文字が表示される。それで無闇に近づく人はいないはずだという。
「じゃあ、実機シミュレーションをします」
ロザリンドは促されてパイロットシートに座る。
「よかった。ちゃんとサブシートが二つ付いてますね。どこかの払い下げ品でしょうか?」
「クゥのもあるぅ」
「大丈夫ですね? 僕はロゼのほうを」
左のサブシートに座ったクーファはいそいそと身体を固定する安全装置を降ろしている。彼女もそのくらいはできるつもりだったのに、引き下ろそうとしても動いてくれなくて戸惑った。
「本物は自動式です。ちょっと待ってください」
ルオーは続いて操作をしている。
「『σ・ルーンにエンチャント。3、2、1、機体同調成功』
「ロゼのσ・ルーンに同調させました。ロックバーが下りるよう強めに意識してみてください」
「え、意識?」
意識スイッチというものの知識はある。しかし、実際に使うとなるとどうすればいいのかわからない。
「ゲームと同じ感覚でいいです」
ヴァーチャルゲームにも似たような感応スイッチがあると説かれる。
「こう? あ!」
「それでいいです」
「わりと簡単?」
ロックバーが上半身の前にストンと下りる。シートの後ろからさらにクランクが旋回して、バーのお腹の部分にロックされるとウエスト周りも保持される。身体に接する側でバルーンが膨らみ、肩からお腹のライン、ウエストと上半身全体が固定されるのを感じた。
「これでほぼシートと一体化しました。放り出される心配はありません」
そこまで実践的なのかと訝しむ。
「機体は動かないんじゃなかった?」
「ええ、機体は動きませんよ。シートは動きますけど」
「ほんと?」
実機シミュレーションでは、操作および接触や被弾といった外的要因によってコクピットに掛かる慣性力や振動も擬似的に再現されるとルオーが説明してくれる。それらは、ロザリンドが思うようなアミューズメントマシンで感じられる振動よりは強いのでロックバーが必要なのだそうだ。
「では、始めましょう。以前、同乗してもらったときより激しめに動かしても大丈夫ですよ」
気が気でないことを言う。
「あれも結構きつかったんだけど?」
「今回はいつでもやめられますから心配いりません」
「うー……」
若干の躊躇いはある。
反応をケタケタとクーファに笑われるのも癪だ。それ以上に、ブレイクスルーにはこの体験が重要であるとするルオーの進言がものをいう。深呼吸してから、青年に合図した。
画面が外のものと変わり、彼女の乗るレイ・ロアンは両サイドの整備柱に固定されている状態になる。促されてセレクタースイッチを操作すると、機体は下に滑って宇宙へと放出された。
「きゃ」
同時にシートが下振れする。
「こんな感じで再現します。感覚として忠実にではありませんが目安くらいにはなります」
「そういうことね」
「見て見てぇ。きれぃ」
猫耳娘がモニタを指差し、場面が宇宙に変わったのに改めて気づいた。
「わりとリアル?」
「どこの空間ともしれない星空ですが、それっぽくは作ってありますよ。敵が出現する設定にはしていませんので自由に飛んでみてください」
「確かにこれは」
動かしている感がある。上を見れば艦底部が離れていく様が見て取れる。ロザリンドがなにも操作しなければ宇宙を流れていくだけなのだ。
「行くわね」
フィードペダルを踏むとシートが可動して加速感を示す。
「踏みすぎ? すごい速度で離れてくけど」
「宇宙での速度感はこんなものですよ。大気圏みたいに減速しません」
「そうか。加速したら自発的に減速しないと止まらないんだった」
普通に暮らしていれば自分で操縦する機会などほぼないといっていい。それこそアミューズメントのコースを走るカートか、ライセンス不要のモバイルボードくらい。それらはアクセルを戻せば減速していくが宇宙機ではそれはないのだ。
「飛ぶほうの感じはそれほど大事ではありません。なにしろ操作するのはフィードペダルくらいのもので進行方向や旋回といったものはσ・ルーンからの信号ですからね」
動作に出ない部分である。
「主に駆動操作ね」
「ええ、僕たちプロは機動操作も極めて重要ですが、ロゼに必要なのは駆動操作に偏ります」
「でも、この視界だとどう動いてるかピンとこないかも」
なにせ視界に映っているのは当たり前のもの。機体の胸元と自然に前に出した腕の前半分から先だけ。実際に操作してどんなふうに動いているか感覚的に掴みにくい。
「こうしましょう」
ルオーが操作すると、膝上の投影コンソールに変わってアームドスキンの3Dモデルが表示される。
「これでレイ・ロアンがどんな姿勢をしているかわかります。そのうえで、σ・ルーンからの動作フィードバックも感じられるはずです。最初は並べてみて、どんな感じなのか味わってください」
「なるほど、わかりやすいわ。ありがとう。やってみる」
「頑張れぇ」
クーファの応援を受けつつフィットバーを操作する。すると、3Dモデルの腕も動いて、モニタに映る腕も見え隠れした。
(フィードバックってこんな感じなのね)
意外とリアルな動作感にロザリンドは驚かされた。
次回『難関越えて(3)』 「私も大多数の一人だったみたい」