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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
意地を通せば窮屈だ
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こだわり捨てず(4)

「顔青ぃ」

 キョトンとした彼女はすぐに笑い転げる。


 少女然としたクーファ・ロンロンという獣人種(ゾアントピテクス)は船に戻ってきたルオーとロザリンドが乗るレイ・ロアンを迎えにやってきた。降着姿勢のフロントハッチまで跳び上がってくると、鉢合わせた彼女の顔色を見て爆笑する。


「いけませんよ、クゥ」

 青年は咎める。

「すみません、あけすけな性格なので許してやってください。しんどかったら、もっと早く言ってくださればよかったんですが」

「な……、なにごとも経験よ」

「ですが、具合が悪いのでしょう、ロゼ?」

 若干足元の怪しいロザリンドを支える。

「ふにゃふにゃぁ。面白ぃ」

「この子は!」

「にゃあぁ!」


 どちらかというと醜態をさらしているのが恥ずかしい。むしろクーファのように笑い飛ばしてくれるほうが救われる気がする。しかし、それで収めるでもなく、覆いかぶさると猫耳娘をくすぐった。


「にゃうん! ごめんなのぉ!」

「許してあげない」

「うにゃぁー!」


 アンダーハッチの上でくすぐり合いになった。酩酊感も恥ずかしさもどこかに飛んでいく。夢中になることで自分を取り戻した。


「危ないですよ。落ちてしまいます」

 手出しを控えたルオーが言葉で制止している。

「どうせ十分の一しか重力効いてないんだもの。落ちたって知れてる」

「そうですが、痣ができるようでは困ります。あなたは女優なのですから」

「そうかもー」


 言っている間に転げ落ちる。青年がトップハッチに手を突いて先に床に降り、二人を受け止めてくれた。絡み合ったままのロザリンドとクーファを困ったように見ている。


「ありがと」

「いいえ」

 礼に微笑みで応じてくる。

「そのままつれてってぇ、ルオ」

「嫌ですよ。降りてください」

「そうよ。まだ、勝負はついていないんだから」

 足をつけると再び彼女をくすぐる。

「執念深いのぉ」

「こら、待ちなさい」

「いやぁ」


 クーファを追いかけているうちに笑顔になった。船倉にいるスタッフたちが子供っぽい戯れを呆れたように眺めているが気にならない。


(この二人はまるで清涼剤ね。わからなくて悩んでいたのが嘘みたいに気分が晴れたわ)


 ロザリンドは無邪気な追いかけっこを楽しんでいた。


   ◇      ◇      ◇


「なんにもなくてぇ」

「わかってるの。でも、なんだかいつも気になって見てしまうのよ」


 チニルケール号がリコレントの領宙を越える。外軌道方面であれば、そこは時空界面突入(ブレイクイン)ポイントなのだが、ズレているので周囲に他の航宙船舶はいない。


「クゥは慣れっこだものね。でも、私は数えるほどしか経験ないから」

「そうなんだぁ」


 ロザリンドはクーファと急速に仲良くなった。彼女といると悩みなんかどこかに消えていく。無くていいわけではないが、余分なプレッシャーは演技を縮こまらせてしまうと割りきっている。


「撮影始まるぅ?」

「まだね。ロケ地はもう少し向こう」


 ライジングサン側にも今回のロケ地が告げられたはずだが教えられていないのだろうか。彼女なら聞き流していてもおかしくないので、そんなことだろうと思う。


「それは?」

「ドライフルーツ。食べるぅ?」

「ちょうだい」


 クーファはいつもモグモグしている。口さみしいのかとも思ったものだが、持ち歩いているのが妙に美味しいものばかりなのに気づいた。それからは一緒に口にしていることが多い。


(太らないように気をつけないといけないのになかなか抗えないのよね)

 船内はただでさえ重力が小さいので太りやすい。


 それなのに宇宙生活者のクーファは細身である。確かに常にちょこまかと色んなところを動き回っているので運動量は多いのかもしれない。それでも、不思議なくらい締まった身体をしている。


「太らないのは種族的特徴?」

 つい訊いてみた。

「降りたらいっぱい歩くぅ。美味しいの探すのわりと大変だからぁ」

「探し歩いてるの?」

「ルオと一緒に調べて探すのぉ。ロゼも行くぅ?」

 ロケから帰ったら、それも悪くないかもしれない。

「考えとく。作品リリースまでスケジュールも流動的だし」

「大変だぁ」

「意外とね。落ち着いたら暇かもだけど」


 最悪、ニコ・ハーヴェイの添え物で終わるかもしれない。話題になれば彼女もリリースイベントに動員されるだろうが、ネットの湧き具合でそのあたりも調整されてしまう。無名のヒロインなど予算削減の筆頭格となる存在である。


「ねえ、教えて」

 クーファが小首を傾げる。

「あなたも戦地に出向くことあるんでしょう? どんな空気なのかしら」

「ピカピカして綺麗でぇ。ルオがいるともっと綺麗になるぅ」

「それってどういう? クゥが彼に特別な感情を抱いてるから?」

 そうとしか受け取れない。

「ううん、本当に綺麗に光るぅ。宇宙に小さな星できるぅ」

「小さな星?」

「えーっとね、なんとかボールっていうのぉ」


(どうにも要領を得ないわね。訊く相手を間違ったかも)

 失敗を悟る。


「今度ルオーに訊いてみるわね」

「作ってって言ったら作ってくれるかもぉ」

「作る?」

 どうやら普段はないものらしい。


(思ったよりずいぶんと器用だけど、ルオーってなにが得意なのかしら?)


 ロザリンドは眠そうな青年のことを当初より見直していた。

次回『こだわり捨てず(5)』 「邪魔じゃなくてぇ、お手本?」

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