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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
意地を通せば窮屈だ
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こだわり捨てず(3)

 急に足元が失われる感覚。夢で同じような感じを味わうことはあれど、その実はもっとリアルだった。ロザリンドは少し背筋を這い上がるなにかを覚える。


「模擬的ですが、今みたいな感触です」

「意外と心細いものなのね」


 戦闘艦からアームドスキンが発進するときのスロットから放出される加速感を機体で表現してくれる。ルオーは普通にレイ・ロアンで再現してみせた。


「さすがにチニルケール号に軍艦みたいな設備はないから、このシーンはグラフィックに頼るみたい」

 そう伝えられていたので経験できないかと思っていた。

「僕も軍学校在籍時の体験しかないんです。ライジングサンは違う発進方式でして」

「あら、そうだったの。デフォなのかと思ってたわ」

「色々です。要はアームドスキンを外に放り出すだけでいいので」


 はるか昔の作品であればカタパルト方式なんてものもある。重力下であれば短距離で揚力を得るための手段であるが、宇宙機では推進剤を節約する方法でしかない。

 今のプラズマスラスターのように加速を推進剤燃焼に依存するのでなければスペースを取るだけの設備になる。ならば艦載機を速やかに効率よく放出するほうが肝要なようだ。


「では、飛びますね。パットのルーメットも来ましたし」

 追いついてきた機体が横並びになる。

「ロザリンド、暇してないかい? ルオーは操縦も地味だからさ」

「普通に参考になってるから大丈夫よ。君はニコとクルスに体験させて差しあげて」

「はいはい。どうしてオレが男なんかに」

 問題発言をからかわれている様が回線を通じて伝わってくる。

「すみません、ロザリンドさん」

「ロゼでいいわ。君は指導役なんだからもっと堂々としてくださらない?」

「それが一番難しい要望かもしれません」


 ルオーが軽口を叩く。少しは馴染んできただろうか。一線を引いた感じがする彼との距離感を縮めるのも必要だと感じていた。


「このあたりはまだリコレントの領宙なのでなにもありません。スピード感を掴むのは難しいでしょうが、加速感は変わりませんので」

 パトリックのルーメットが進路を様々に変えていくのにピッタリと着けている。

「近くない? 別に同じでなくても」

「これくらいはなんでもありませんよ。あとで皆さんとすり合わせするのに同じ経験をしておいたほうがロゼのためになると思います」

「そうね。気遣いありがとう」


 ルーメットのパルススラスターが光を瞬かせる。その噴射の仕方で機体はアクロバティックに姿勢を変えた。それを間近に見ながら追従する。

 星が流れて見えるわけではない。星々がぐるぐると巡って見える感じだ。中に乗る彼女は様々な方向に働く慣性力()にシェイクされている。


(これは他では味わえない感覚。これにもし3D映像まで加わったら画像酔いするのも当然かも)

 ロザリンドは苦しげな表情をしないようにする努力が必要だった。


「どのくらい離れたの?」

「母船はあそこです」


 星を散りばめられた黒き深淵がぐるりと回り、視界にチニルケール号が入る。するりと動いて真ん中に来たのが不思議な光景だった。


「相対位置って常に把握してるもの?」

「ええ、意外と大事です。なにせ、これくらい距離感が怪しい状態ですので、下手に加速して母船に突っ込んで共倒れなんて洒落にならないでしょう?」

「ほんと、笑えない」


 チニルケール号は小さく見えているだけで輪郭に変わりない。そのへんが大気のある地上とあまりに異なり感覚を狂わせてきた。


「物の大小だけで直感的に距離を掴むのは相当の経験が必要です。まあ、σ(シグマ)・ルーンからの情報に頼れば衝突なんて無様は普通はしないものですよ」

「そうなのね」

「結構飛んだのでフィードバックを生かしてみましょう。少しずつにするので異常を感じたらすぐに言ってください」


 ルオーがコンソールを操作すると彼女のσ・ルーンからも情報が入ってくる。それは青年が感じているものと同じはずであった。


(意外とすごい)

 リアルな疾走感がする。


「便宜的に再現したものです。宇宙で機体が風を受けることなどありませんので」

 説明が混じえられる。

「ある程度スピード感がないと操縦にも困ってしまいます」

「わかる……気がする。でも、こんなにリアルに伝わってくるものとは思わなかったわ」

「アームドスキンには操縦しやすくする技術が集約されています。なので高度な技能を習得しなくとも、多くの人が操縦できるようにできていると言って過言ではないかもしれません」


 ルオーは普通に話しているが、かなりの機動をしている機体は彼女の身体を十分に振り回している。特にお腹のあたりが重たく感じてきていた。


「では、もう少しフィードバックを上げてみましょう」

「まだ上があるのね」

 ちょっと苦言がもれてしまう。

「つらいですか? だいたい感じは掴めたと思うのでこれくらいにしときます?」

「いいえ、まだやれる。君たちが普段感じているくらいのを私にも感じさせて」

「それはきっと無理なので、もう少し動かしてみるだけにしましょうね」


(まだまだなんだ。冗談みたいにきつい。慣れるなんて厳しくない? でも、わからいと私はリズリー・ダコットになれない)


 役のイメージに近づくべく、ロザリンドは歯を食いしばった。

次回『こだわり捨てず(4)』 「執念深いのぉ」

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