こだわり捨てず(1)
「こう、ガツンとくるとフィットバーにフィードバックがくる。だから、押し返すように手首を返すと耐えられるんだ」
パトリックがニコに説明している。
「うんうん。アクションフィードバックはそれほどに強いもんかね?」
「調整次第だから個人差ある。でも、機体状態を正確に掴もうとすりゃ、それなりに強めにしといたほうがいい。スカスカだとズレが出るからな」
「だな。そのちょっとしたズレが戦闘中には大きいと」
二人の会話は理解できなくもないが感覚的に飲み込めない。自身の動作とアームドスキンの動きの差が想像できないのだ。
(パトリックは本当に親身に教えてくれる。確かに腕もいいんだと思う。ただ、ちょっと直感的すぎてわからない部分が多いのよね)
どちらかというと天才肌なんだとロザリンドは思う。
俳優でも大きく分けて幾つかのタイプが存在する。台本を読み込んで役になりきるくらいに分析して結果に従うタイプ。最初は演技プランで進めるもストーリーを追うほどに役に感情移入して入り込むタイプ。最初から直感的に掴んで没入するタイプ。
(彼は直感タイプ。アームドスキンをよく知ったうえで服を纏うように操縦してるんでしょうね)
なので知識のない彼女はついていけない。
「フィードペダルの踏み込みって慣れれば加減できるもの? つい思いっきり踏んじゃうんだけど」
クルスも遠慮なく質問している。
「そのへん感覚的なもんなのさ。わりと意識のままにガっと踏んでもプロトコルがコントロールして加減してくれる部分がある。でも、作中に出てくるパルススラスター型の機種だと加速感強いから、身体を持ってかれないよう構えたり首に力入れたりするな」
「そうか。反動みたいなのもあるんだな。それって掴める?」
「体験してみないと難しいかもしれませんね。ヘルデ助監督さんにお願いして一度サブシートに乗せてもらっては如何です? パット、体験させてあげてください」
ルオーが提案する。
「なるほど、一番手っ取り早いかもしれんな。そういうの許可出る?」
「訊いてみる。ちょっと待っててくれよ」
「それなら航行中でもできるって言っとけ」
具体的な方法の提示をするのはいつもルオーのほう。彼はロザリンドと同じ理論派のタイプだと思える。教示願うならルオーが向いているかもしれない。
(実際の演技まではまだ時間がある。今のうちにある程度マスターしときたい。それにはルオーに頼むのが近道?)
そんな気がする。
AIプラン映像に従ってスタントが実際のアームドスキンを動かすのはロケ地に着いてから。フリッド監督は臨場感を鑑みてスタントにもアドリブを許すようなので、実際の映像ができてからでないと演者は合わせた演技ができない。時間的猶予はそれまである。
「訊いてもいい、ルオー?」
助言に徹している青年に近づく。
「なんでしょう」
「あなたたちって状況に合わせて反射的に身体が動くもの?」
「そういったパイロット養成がされるのは本当です。反復訓練でいつでも意識したとおりに行動できるようにする。それはスポーツにも共通する部分ではあるのですが」
噛み砕いて説明してくれる。
「実際は違うと?」
「通り一辺倒の動作しかできないでは実戦では生き残れません。すぐに分析されて弱点を見つけられてしまいます。その先は言うまでもありません」
「やっぱり過酷な道なのね」
実戦の厳しさを思い知る。のほほんとしているルオーでも、今こうして生きているには様々な経験もしてきているのだろう。
「普通は訓練の中で経験値を溜めて独自のスタイルを確立していくものです。さらに戦闘技術に幅を作っていくのですが、それを解消してくれるのもアームドスキンというものです」
青年は頭を指でコツコツと叩く。
「σ・ルーン?」
「はい。幸いなことに、ロザリンドさんも実機σ・ルーンを預かっています。そこに蓄積されているデータは馬鹿にできません。普段から着けておくよう言われてますよね?」
「ええ、忘れないようしてるわ」
彼女のものと違ってルオーのそれは輪環型をしている。最近の流行に従った装飾的なものではない。額を回る部分にも機械的な部分が見られ、受信構造をしているのだと思われた。
(彼はそのくらい論理的で繊細な操縦をするのかしら?)
そんな気がする。
「さっきの件だけど、私も乗せてもらうことって可能?」
お願いしてみる。
「もちろんです。順番にはなりますが、パットの操縦を体感してみるのも悪くないでしょう」
「ううん、君が乗せてくれる?」
「僕ですか? 僕の操縦は地味ですよ?」
実際に撮影シミュレータに乗って模擬機体の動作映像を見せたのはパトリックだけであった。彼の操縦はどこか華を感じさせる。だからニコやクルスもパトリックに指導を求めているのである。
「経験という意味では悪くないですね。僕も少しくらいならそれっぽいことをして見せてあげられるでしょう」
それほど乗り気ではなさそうだ。
「物足りないようならすぐおっしゃってくださいね」
「いい。なんとなくタイプが近いような気がするの」
「そうでしょうか」
青年は苦笑いしている。
「なにごとも経験よ。試してみたいの」
「わかりました」
(地味でもなんでもいい、掴めるなら。玄人を唸らせるような演技をしてみせたい)
ロザリンドはなんでも吸収してみせるつもりだった。
次回『こだわり捨てず(2)』 「今だに思うんだけど」