顔ぶれ揃い(6)
その眠たげな顔の青年はとてもアームドスキン乗りには見えない。
ロザリンドが全てのパイロットを知っているわけではない。それでも、リポーターとして接した国軍の精悍で真摯な面持ちのパイロットたちとも、この船に乗っているスタント専門の業界慣れの結果くだけたパイロットたちとも大きく異なる。
(やる気あるんだかないんだか)
メインスタッフの自己紹介に静かに頷いている。
見るからに眠そうな面持ちで、意気を感じられず捉えどころのないイメージの男だった。似たような印象の人間を挙げるとすれば、撮影終盤に修羅場を迎えて追い回され心身ともに疲労状態にある小道具担当がちょうどこんな感じだと思う。
(大丈夫なの? それとも彼はパトリックって人のアシスタント?)
しかし、雇った民間軍事会社のパイロットは二人だと聞いている。もう一人の少女と見紛うばかりの彼女は違うだろうと思われた。そちらも気になって仕方がないが。
「すみません。こちらの席、よろしいですか?」
「え、ええ、かまわないけど」
「クゥ、大丈夫みたいですよ」
少女はロザリンドと同じテーブルに着くと、ちょこんと座って用意されていた果物に即座に手を伸ばす。一心不乱に齧りついている様は誰が見ても小動物以外のなにものにも見えないだろう。
「甘いのぉ。それでいて酸味のハーモニーが絶妙でぇ、軽いスパイスくらいの苦みがアクセントになっててぇ」
「いいオヤツに巡り会えましたね。僕もあとでいただきますので食べ尽くさないでくれません?」
「自信ないのぉ」
パトリックと名乗った若者が空いている席に優雅に腰掛け足を組んだのとは逆に、その青年は少女を妹を見るような目で慈しんだあと監督たちに向き直る。へりくだったところは見えないが堂々としているのでもない。立ち姿は自然で、空気に溶けてしまいそうである。要は存在感が薄い。
(役者陣やメインスタッフは存在感が普通じゃないから比べるのは可哀想。でも、一般人レベルにしても自己主張に乏しいわね)
紛れてしまえば気づかないかもしれない。
「僕はルオー・ニックル。ライジングサン所属のパイロットで運営もしています」
自己紹介が続く。
「契約内容のほうを確認させていただいて構わないでしょうか? 当面、俳優の方々のコクピット内シーンの演技監修と、それ以外の時間はエキストラとしてのアームドスキン搭乗と聞いております」
「大まかにはそうだな。必要に応じて演者の相談に応えてほしい」
「承りました。では、基本的にパイロットとしての協力となりますので見積額はこちらとなっています」
表示させた見積書を監督へとスワイプで送る。
「こんなものかね。意外と安いな」
「ですわね。他のエキストラパイロットと大差ありませんわ」
「戦闘を伴う実機運用となると単価は跳ね上がりますが、我々の身一つだけで構わないのであれば市場価格とそれほど変わらないのでしょう」
見た目と違い声音に気の抜けたところはなく、淡々と説明口調で話している。普段から事務的な姿勢なのか、あるいは一線を引いているのかは判然としない。
「主にはそちらのお三方となりますかね?」
視線が演者のテーブルに向く。
「そうだね。出番が多くて目につくのは僕たちになる。もっとも、僕自身は経験があるのでそんなに手を煩わせないと思うけどね」
「ニコ・ハーヴェイ様ですね。申し訳ありませんが、アームドスキンを扱う作品にも参加なさっているくらいの知識しかありません。のちほどご要望をお伺いしましょう」
「それで頼むよ」
人気俳優は鷹揚に頷く。
「あと二人はほぼ初めてだからしっかりと教えてやってくれないか?」
「そうなのですか。わかりました」
「悪いけど頼む」
軽く頭を下げたのは共演者のクルス・ノーキッドである。若手売出中の十九歳の俳優で、若い女子人気はメインキャスト三人の中で一番かもしれない。なので、多少自信過剰な態度が垣間見える。
「私、ロザリンド・メーガスン。よろしく。とにかく全然自信がないから叩き込んでくれない?」
想像してたより若い専業パイロット二人に依頼する。
「喜んで。君はオレが直々に全て教えて差しあげよう。任せてくれ」
「あ、そう?」
「優しく懇切丁寧な指導が売りだから安心してくれて構わない」
パトリックが自信ありげに言ってくる。
「ご希望に応じて練習にも立ち会います。どういった練習方法が向いているかはおいおいすり合わせてまいりましょう。こんな感じの方針で構いませんでしょうか?」
「それでいい。スタッフ側からも随時演技の要望があるだろうから、演者の側に立ってサポートしてやってくれたまえ」
「承りました。では、契約成立ということでサインを頂いてもよろしいでしょうか」
まるで事務方の行動言動である。彼らの業種の小規模事業者にはマネージメントを担当するエージェントの存在はいないのだろう。なにもかも自分でこなしているのだと思われた。
(戦闘職としてはパトリックのほうが安心感があるかも。下心が丸見えなのはちょっといただけないけれど)
彼の視線を独り占めしている自覚がある。
とはいえ、少なからず経験はあるのであしらえるつもりのロザリンドだった。
次回『こだわり捨てず(1)』 「訊いてもいい、ルオー?」