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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
意地を通せば窮屈だ
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顔ぶれ揃い(1)

「君とは戦場でしか会えないのか……。なんて皮肉な……」

 静寂が皆を包む。

「OK! 地上撮影終了です!」


 スタジオ内がどっと湧いた。スタッフたちはハイタッチを交わしている。最後の台詞に感情を詰め込んだ俳優も大きく息を吐いて会心の笑みとともに拳を握っている。彼女、ロザリンド・メーガスンも拍手で称えた。


(ここまではいい感じ)


 撮影中のコンテンツはいわゆるムービーに当たる。タイトルは『世界、果てるとも』。家庭向け配信はもちろん、シアター施設では3Dワイド投影での上映がされる人気コンテンツ。


「スケジュールは結構押してしまってるが、これからも皆の協力をお願いする」

「いいものにしましょう、監督」


 一応の締めを飾ったのはディルフリッド・オーグマン監督である。名作を数々生み出してきた、巨匠と呼ばれるだけの人物だ。W主演の一枠を勝ち取ったときは人目を気にせず跳ねとぶほど喜んだものだった。


「乾杯にしましょう」

「いーねー!」

 助監督のヘルデ・サイアンがアルコールのボトルを並べたワゴンを連れてきた。

「みんな、コップを取れ」

「どれにしようかしら? オフ挟むから強めでもいい?」

「いや、君は先にこれを羽織るべきだよ」

 膝下までのロングブルゾンが肩に掛けられる。

「あら、ありがと、ニコ」

「どういたしまして、ロゼ。君の熱意が作品を引っ張ってくれている。敬意は払うよ」

「そんな。入れ込み過ぎじゃないかってエージェントに注意されてるのに?」


 彼はもう一方の主演を張るニコ・ハーヴェイ。隣の宙区にまで呼ばれるほど売れているのに、それほど売れてない俳優の彼女にさえ配慮してくれるほどの紳士である。


(いけない。慣れすぎちゃってるみたい)


 彼女が着ているのは灰色のボディースーツ一枚だけ。身体のラインは完全に浮き出てしまっている。逆にいえば、それが重要なのだ。

 客前のステージとは違い、ムービーの撮影で衣装を着ることはない。全て後からの嵌め込みである。セットも同じこと。灰色の背景に、薄く状況だけが投影されて臨場感を出しているだけだった。


(素人が見ると奇妙な状態だものね)


 顔だけはばっちりメイクして決めているのに、下はのっぺりとしたボディースーツのみ。ひどくチグハグに見えるだろう。とてもファンに見せられるものではない。なので、オフショットは私服に着替えてソーシャルメディアに流すほどだ。


「かんぱーい!」

「明後日からもよろしくね。宙港に集合よ」


 掲げられるコップの数はそれほど多くない。ユーザーからすれば意外に思えるだろう。全体を任された監督に、サポート役兼ウェアラブルカメラまで担当する助監督。細々した雑用をするアシスタントが一名いるだけ。

 それ以外は自動化されていて大概は演者のほうが多い現場がほとんど。スタッフよりはスポンサーサイドの見学が多い日もある。


「どんな感じ?」

「粗仕上げだけど悪くない」


 皆がコップを傾けつつ中型の投影パネルに見入る。並行して編集作業がされていて、先ほどのシーンも一次編集の終わったものが流れている。

 それも脚本を入力されたAIが行ったもの。あとで監督や助監督が話し合って間の調整や動きの若干の補正が掛けられる。歴史遺産のような名作の撮影と違って人の関る部分は格段に減っていた。


「ここまでは順調だ。これからの宇宙ロケもよろしく頼む」

「頑張りましょう、フリッド監督」


 撮影中の『世界、果てるとも』は恋愛ものではあるがモチーフは戦争である。二つの国家に別れてW主演の二人が戦場で出会い、恋に落ち、そして戦う中でお互いを求め合っていく内容である。


(色々擦られまくったシナリオではあるけど、魅せ方一つでまだまだ作り込める作品になるはず。小道具も現代風に合わせてあれば没入感も高いし)

 アレンジと演者の意気込みで当たる作品にできると思っている。


「チームでやってきたけど、ロケはちょっと大人数になりそうね?」

 もう一度コップを合わせながらニコと話す。

「ああ、顔出しじゃないアームドスキンのエキストラパイロットが増えるね。俺たちのスタントも。さすがに実際には乗せてくれない」

「ライセンスないもの。クランクインする前までに取得しようかと思ったのにスケジュールが許してくれなかったわ」

「そこまでするかい? いや、君なら本気で取りに行くか」

 ニコが朗らかに笑う。

「本気も本気。はぁ、これからも使えなくはないからいい機会のはずだったのに」

「ニッチに過ぎるよ。それって戦争ものにしか使えないじゃないか」

「そういう仕事も拾いたいの。数年先までスケジュールの埋まってるあなたと違って、これが終わったオーディション受けまくる位置に逆戻りなんだから」


 苦笑する相手を尻目に肩をすくめる。充実している今が彼女にとってベストな生活で、クランクアップと同時にチャレンジの日々に後戻り。


「当たれば黙ってても仕事は来るさ」

「そう願いたいもの」

 ほとんどのユーザーはニコの演技を目当てにしているだろう。

「全力で挑んでいる君に誰もが注目すると思うけどね」

「まだまだ。コクピットシーンだって気合い入れまくりなんだから」

「そういえばアドバイス兼務のエキストラはなんて言ったっけ?」

「確か、民間軍事会社(PMSC)の『ライジングサン』ってとこ」


 ロザリンドは記憶を掘り起こして答えた。

次回『顔ぶれ揃い(2)』 「誰が犬並みだってんの!」

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― 新着の感想 ―
更新有り難うございます。 ……VRで衣装の節約……になるのかな?
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