夜明けは近く(2)
星空を塗りつぶしたかのような輸送船のシルエットが宙に浮かぶ。操舵室の明かりさえ薄いオレンジの非常灯に絞っている徹底ぶり。一目ではそこに巨大な航宙船が飛び立とうとしているとは思えない。
(護衛のアームドスキンを使わなければ他に目立ったところはなかったろうにね)
ルオーも目を凝らして見る。
(浮上しようとすれば海上ドローンのソナーで見つかるから、秘密裏に脱出は無理だって判断したんだろうけど)
周囲を飛ぶ機体のほうが目立っている。なにしろ、プラズマブラストの光の尾を引いて飛んでいるのだから、星明りしかないニコルララの大気圏内では隠しようもない。
「目標確認。離脱を阻止する。各機、障害を排除し、輸送船の拿捕に努めよ」
シュスト隊長が指示する。
ライジングサンから飛び立った第四班のアームドスキンは目標の確保に接近する。うち、五機が重力波フィン搭載機なので夜闇の中で特段に目立っていた。
「ちょうどいい的になっちまうな。重力波フィンも良し悪しだ」
オスルが苦り気味の声音でこぼす。
「構わないさ。撃たせろ撃たせろ。撃ってきたやつから墜ちる」
「パトリック、そいつはどういう……? そうか。フローネ、しっかり回避しろ」
「え、そりゃするけど?」
パトリックのカシナトルドや星間平和維持軍のゼスタロンに砲火が集中する。重力波フィンを使わず見極めていたルオーは射線を交差させるかのような勢いで応射した。
「いいぞ。それだ、ルオー」
遠く火花が瞬いたかと思うと爆炎が広がる。
「結構いるな。突っ込むのには度胸がいる」
「それでも、近づかなきゃ勝負にならないさ」
「もっともだぜ」
爆散したアームドスキンに動揺した密猟者のアームドスキンはついリフレクタを使ってしまう。せっかく教えてくれた敵の位置を見失うわけにはいかない。虫の翅のようなフィンを瞬かせて飛び込んでいく。
(さて、序盤のリードをどこまで引っ張れるかなんだけど)
密猟者グループも発見されるのは覚悟のうえだろう。ここからの足掻きで生き延びられるか、そして無茶をした対価が得られるかが決まる。それこそ死に物狂いで抵抗してくるはずだ。
(打てる手はなんでも打ってくる。がむしゃらな相手は面倒だなぁ)
味方が撃たれた怯えもすぐに抜けてくる。そこからはなにかの拍子に傾いてしまうシーソーゲームの始まりだ。きっかけを与えないように気をつけるしかない。
「待って、パット」
タム機がカシナトルドに追従しようとしている。
「戦場で目立つ蝶はオレのほうさ。無理しないで待っておいで」
「でも」
「タム、単独で前に出るな。こんな状態で孤立したら命取りだ」
モッサが呼び掛ける。
「命令しないでよ」
「するぞ。君たちがぼくにリーダーをやれと言ったんだ」
「これは負けね。タム、大人しくモッサに従いなさい」
傭兵のアームドスキンは相互にレーザー通信でリンクを張っている。それで難しい戦場を切り抜ける作戦らしい。
(少しは効いたかなぁ。リーダーシップってほどじゃないかもしれないけど)
安定感が望める。前に比べればまとまりの無さも薄れてきた。
しかし、状況は容易ではない。敵もさるもの。星空に一つの火球が生まれることでシーソーは傾くことになった。
「ちっ、中継子機がやられた。隊長、あんまり離れるとヤバいっすよ」
オスルの一言が全てを物語る。
「やはり狙われたか。オスル、フローネ、フォーメーションの維持に努めろ。リンクを強化」
「了解」
「もー、あれだってそんなに安いものじゃないのに」
文句を言っても後の祭りである。こちらの連携を絶ってくるのは敵にとって重要な戦術なのだから。
(どの隊も無線の到達範囲を抜けていくな。僕も前に出るべきか。このままじゃどこに誰がいるかわからなくなる)
識別灯の模倣も始まった。明らかに幻惑してくる作戦だ。戦場が混沌としてくる前に勝負をつけたかったが上手くはいかない。
(無闇に撃てないなら僕も狙ってもらおうか)
重力波フィンを展開する。密猟者グループにはさすがに導入されていない機構だ。敵にとってはいいターゲットになる。そして、彼に向けて撃ってくるのは敵と判断できる。
(恨みを買ったからって彼もパットを撃ったりはしないだろうし)
ルガーについては確証はない。とりあえず、考えない方向で進めるしかあるまい。噴射光で識別ロックオンした味方の編隊を視界に入れつつ輸送船に近づいていく。
「カシナトルドはここ。オスルたちは意外と入ってますね。モッサは無理しないか」
『マップ、反映するー』
「ありがとう、ティムニ。っと、あの光はなんです?」
『他の班も合流してきたみたいー』
「そっちですか。単純に優勢になるとは思えませんね」
あえてタイミング合わせはしなかった別班が参戦してくる。戦闘光が見えているので不用意な接近はしてこないものと思いたい。
「味方のフォローをしている場合じゃなくなってくるかもしれませんね」
『きっと焦るからー』
「ちょっと急ぎましょうか。すぐにでも火が入るでしょう」
ルオーの予想どおり、夜陰に紛れて浮上しようとしていた輸送船がプラズマスラスターの尾を引いて加速を始めた。
次回『夜明けは近く(3)』 「この状況でっ」