654.素敵な先生が見つかってよかったわ
女性教師はシュパン伯爵の妹君だった。フランクに事前情報をもらい、失礼が無いようお招きする。招待を受けてくれて本当に嬉しいわ。
「シュパン伯爵家ニコルと申します」
「楽になさって、お名前でお呼びしても?」
「はい、呼び捨ててください」
笑顔の素敵な女性ね。大まかな事情はフランク経由で理解していた。彼女は十七歳で結婚し、事故による夫の死亡で実家に戻られた不遇の女性だった。結婚後まだ二年で子もおらず、婚家に残りにくかったのでしょう。妹を愛する兄シュパン伯爵は、妻と相談して離れを建てたとか。
「ユーリア様が選んだ方なので、安心していますの。レオンも懐いているようで、嬉しく思いますわ」
いつもより公爵夫人らしい言葉を選ぶが、隣に座るレオンは不思議そう。食事の手を止めて、じっと私の横顔を凝視する。視線を向ければ、にぱっと嬉しそうに笑った。つい、私の表情も崩れる。
「レオン、これは食べた? 美味しいわよ」
「うん」
「ラルフも、トマトを残してはダメよ」
「はい」
素直なレオンが卵に手を伸ばし、隣でこっそり皿の端に避けたトマトを発見されたラルフが項垂れる。ぽんぽんとラルフの腕を叩いて、レオンがぱくりと口を開けた。ここへトマトを入れろと言うのね。ちらりと私を見るから、見ていないフリでパンを千切った。
こっそりとトマトを口に入れたレオンは、満面の笑みで咀嚼している。好き嫌いがないのはいいことよ。以前は人参がダメだったけれど、人参ケーキのお陰で食べるようになった。ラルフもトマトだけだから、そのうち慣れてくれたらいいけれど。
「ふふっ、素敵なお母様ですね。公爵夫人」
「そう言っていただけると嬉しいわ」
ニコルは私を公爵夫人と呼ぶ。アマーリアで構わないと言いたいけれど、フランクに止められているの。未亡人になったニコルと友人関係を築くのは問題ない。一緒にお茶会をする時なら、名前で呼ぶのも許された。でも子供達の前では「ニコル先生」と「公爵夫人」が相応しいわ。
子供が生まれると「パパ」「ママ」とお互いを呼び合う夫婦も同じ理由だもの。子供が混乱しないよう、呼び方を統一するのよね。平民はそれでいいのに、貴族は立場が邪魔して難しいみたい。爵位を軽んじていい理由はないけれど、厳格に対応するのは堅苦しかった。
貴族の頂点である公爵家の女主人になったのだから、そこはきちんと対応するわよ。
「ニコル先生、もうすぐレオンも家庭教師を選ぶ必要があります。よろしければ、ラルフと一緒にお願いしても?」
「バルシュミューデ公爵家にお伺いして、可能であればお引き受けしたく思います。若様はとても愛らしく一生懸命な方ですから」
微笑む彼女の答えは満点ね。未亡人になって我が子が望めなくなったけれど、この方は子供好きみたい。穏やかな人柄も好感が持てるわ。今後のお付き合いも楽しくなりそう。




