644.お茶会を延期した罪悪感はあるけれど
ランドルフは勉強を始めている年齢だけれど、レオンの勉強はもう少し先。予定があるか尋ねたところ、考えてから返答があった。自習だから、レオンの昼寝中に済ませると。
「眠くならない?」
「平気です」
即答されたので、今日は屋敷にいるベルントに頼むことにした。ランドルフの自習に付き合い、眠そうなら休ませるよう伝える。もちろん、子供達に聞こえないように……ね。聞いたら気にしちゃうでしょう? 目いっぱい楽しめなくなるわ。
「みずうみ! 行きたい!!」
以前なら「みずゅうみ」になった発音が、かなり上達したレオンは笑顔で手を挙げる。真似してローズも手を挙げた。レオンは右で、ローズは左なのね……向かい合っているから、同じほうを挙げたつもりだったりして。
「おてて、繋いでいく」
レオンが手を差し出した相手は私ではなく、ローズだった。弱い妹を優先する。理解できるのに、ちょっとだけ……負けた気分よ。嫌だわ、娘と張り合う気はないのに。ふっと浮かんだ「負けちゃった」の気持ちが、次のヘンリック様で吹き飛ぶ。
「リア、手をどうぞ」
「ありがとう、あなた」
紳士的にエスコートの手を差し伸べられ、素直に手を重ねた。レオンはローズと手を繋ぎ、さらにローズがランドルフの手を握る。三人の真ん中がローズなのは、転ぶと危ないから? それとも女の子だからかしらね。
マルレーネ様のお茶会を延期したのに申し訳ないけれど、屋敷の敷地内だから許してほしい。以前に遊びに行った湖へ向かった。散歩コースとしては短い。芝生の上を歩き、その先にある手入れの行き届いた林を抜けたらすぐ。距離にして十五分くらいだった。
後ろから侍従や侍女が荷物を運び、騎士も同行する。貴族のお遊びでも、護衛は欠かせないの。人だけでなく、獣も警戒対象だった。小さな兎が突進しても、ローズは尻もちをついて泣くでしょうし。安全は後回しにしたらいけない。
木の根に躓くこともなく、蔦に足を絡め捕られず。林を抜けて湖へ到着した。真っ青な水に緑が見える。首を傾げたら、あれは水草の一種らしい。リリーが良く知っていて、清い泉でも生えてくるとか。冬の冷たい水の時期だけで、夏になれば消えてしまう。
きっと枯れるのね。その後流れるか、水に沈むか。どちらにしろ冬限定みたい。やや寒いけれど、この王都では雪も降らない。別邸は雪が降るから、地域的なものだと思うわ。
コートを着るほど寒くないのが不思議だわ。季節感があまりなくて……王都周辺は温暖なのね。以前の台風も珍しいようで、数十年に一度規模だとか。出来れば二度と経験したくないけれど。
「お母様、水に触って、いい?」
かなり流暢に話すレオンに頷いた。すぐに騎士が同行して、ランドルフやレオンの隣に控える。三人で水を覗き、指先を濡らして「ちべたい!」と笑い合った。
その間に絨毯とお茶が用意され、私とヘンリック様は先に座った。クッションに凭れながら、子供達を見つめる。水面がきらきらと輝いて、とても美しい。澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。




