607.握ったお菓子の行方
「……よく、食べられます、ね」
驚いた様子でランドルフが呟くから、こてりと首を傾げた。ああ、ローズが握り潰したお菓子を食べたから? そんなに不思議かしらね。母親なら皆、同じように受け取ると思うけれど。リリーに聞いたら首を横に振られた。
「貴族夫人の方々は、絶対に口になさいません」
「……そう、なの? 我が子のプレゼントよ?」
可愛い我が子が持ってきたなら、食べるでしょう。レオンが握った果物も食べたし、誰も何も言わなかったから……。あ、でもイルゼが目を見開いて絶句していたかも。
「どうした? ローズが握った菓子か……迷うところだな」
ローズを溺愛するヘンリック様も無理なの? うーん、前世では普通だったのよ。握ったり千切ったり、子供は普通にするわ。自分の口に入れたものを、母親に差し出すのも珍しくなかったし。
「私は無理です」
書類から目を離したエルヴィンも、無理だと首を横に振る。我が子というか、双子が差し出したらと想像したみたい。壁際に控える侍従や侍女は、貴族の子女だ。参考になるかもと尋ねたところ、十人中十人が無理だと答えた。
「変ねぇ」
「お母様、ぼく、のも?」
「ええ、レオンがくれたら喜んで食べちゃう」
にっこり笑ったら、レオンも嬉しそうに笑った。この笑顔が見られるなら、ぐちゃぐちゃに潰れていても食べるわ。そもそも汚いと思ったことないもの。
「あい!」
ローズがまたお菓子を差し出す。べたべたの手から直接もらい、お礼を口にした。ご機嫌のローズは、同じようにお菓子をレオンへ差し出す。
「あい! にぃ」
「……ありがと、ろじぃ」
少し迷って、レオンも受け取る。ローズが横を向いた隙に、リリーがこっそり片付けた。ランドルフも同様に渡され、笑顔で受け取ってハンカチに包む。やっぱり無理なのね……と思ったら、ヘンリック様へも持って行った。
「と、しゃま! ろぉじょ!」
老女に聞こえて、ぷっと噴いてしまう。慌てて表情を取り繕って、何もなかった振りをした。イルゼが肩を震わせて笑っている。いくつもお菓子を掴んだので、ローズの手はべたべた。ジャムを塗った焼き菓子だったので、ねとねとのほうが近いかも。
「ヘンリック様、無理そうなら……」
「いや、問題ない」
ヘンリック様はさっと片膝をついて口を開けた。目を輝かせたローズが、ぐいっと口に手を……突っ込む。え? 指ごといったわよ!? ぺろりと指を舐めて「味は普通だ」と呟くヘンリック様の強さというか、好奇心? 順応力とも違うわよね。とにかく対応に驚いて固まった。
周囲の人が固まっていた理由が分かったわ。外から見ると、視覚の暴力だもの。




