606.子供にとっては宝物
エルヴィンは大量の書類と一緒に戻ってきた。そんなもの、どこから持ってきたの? 尋ねると思わぬ答えで、驚いたわ。
「俺が貸した」
ヘンリック様が過去に処理した公爵家の領地運営に関する書類ですって。それは外部の者が見るはずはない書類を束にした、本に似た形に仕上げられていた。紐で綴じた書類は、表紙までついている。
「領地の運営に関して、知恵を借りたくて」
悩むエルヴィンに相談されたヘンリック様が貸したの? するとランドルフが否定する。
「あんね、エル、お父様から、にげた、の」
レオンの説明に首を傾げたら、ランドルフが情報を追加した。ああ、なるほど。逆なのね? 暗い顔をしたエルヴィンに「悩みがあるのではないか? 相談してみろ」とヘンリック様が迫った。結果、エルヴィンが自白……ではなく、相談したみたい。
胸を張るレオンに「よくできました」と褒めて黒髪を撫でる。隣のランドルフも褒めた。もちろん頭を撫でたけれど、きょとんとしていたわ。ユーリア様にお伺いした話では、あまり頭に触れたりしなかったようだから、驚いたのかもしれない。
「エルヴィンはそれで満足できそう?」
「えっと……」
「俺が説明する。災害やそれ以外、新しい産業についてなど。多岐にわたるからな」
お願いしますと微笑んで伝えた。エルヴィンは恵まれているわ。立派な先輩がいて、きちんと基礎から教わることが出来る。たぶん……ヘンリック様にはそういった過程が欠けていたと思うの。マルレーネ様やフランク達の話を総合しても、勉強ばかりだもの。実践は別だわ。
お父様やエルヴィンは私の腰のことをどう聞いたのか。心配だけを口にされた。理由部分を上手にぼかしたのかも。私がベッドの住人では格好がつかないので、車椅子へ移動する。リリー達の手を借りるつもりが、ヘンリック様に抱えられた。
恥ずかしくて首まで真っ赤になりながら、車椅子の上で膝にストールを被せる。足首が見えないよう、イルゼが丁寧に包んでくれた。移動したのは絨毯の部屋ではなく、食堂のほう。車椅子を下りずに済むよう、選んでくれたのね。
お茶やお菓子を用意して、久しぶりにお父様達と雑談を楽しんだ。領地で起きた小さな事件、新しいパン屋さんの話、他の領地から来た若い夫婦のことなど。話題は尽きない。こちらも猫達が起こした騒ぎだったり、レオンやローズの話をした。
エルヴィンが我慢できずに書類を読み始め、ヘンリック様が解説と説明で席を離脱する。と、お父様はディルクの顔を見に立った。
「お母様、これ」
椅子からお尻で滑り降りたレオンが、小走りに近づいて何かを渡す。こっそりとテーブルの下で……。ローズやランドルフに隠して? 軽すぎて何かわからない手のひらを確認すると、猫の毛があった。白いけれど……長くて太くて。
「っ!」
声を出しそうになって我慢する。これ、猫の髭? すごいわ、拾ったのね。大切な宝物なのに、触らせてくれてありがとう。レオンに返そうとしたら、小さな声で「あげる」と言われた。プレゼントなの? あら……ランドルフは気づいていないフリをしていたみたい。目が合ったら、慌てて逸らしているわ。
猫の髭は、なくさないようリリーに預けた。彼女も目を輝かせていたから、やっぱり猫好きには堪らない逸品よね。
「おかしゃ、ま! こりぇ」
ローズはぐしゃぐしゃのお菓子を差し出す。幼子って、どうして食べ物を握り潰すのかしらね。本当に不思議。まあ、我が子の握ったお菓子なら構わないわ。口を開けて受け取った。




