602.大泣きディをあやす夫
淑女教育の特別授業として、お茶会に呼ばれていたユリアーナが帰宅した。車椅子で出迎えようとしたら、慌てたイルゼやリリーに止められる。でもディの様子も見たいし、と伝えたら連れてきますと返って来る。そんなに重傷ではないのよ。
「明後日には動けると思うわ」
「いいえ、さらに二日ほど車椅子を使っていただきます」
医者でもないのに、イルゼに断言された。うちはお茶会も開かないし、滅多に来客もない。子供達の世話だけなら……何とかなるかしら? 怒らせるのはまずいので頷いた。イルゼが止めるのなら、私に良かれと思って口にしてくれたのだと思うから。
何より、ヘンリック様が罪悪感たっぷりの顔で無言の圧力をかける。休め、動くな、俺が移動させる。さすがにレオンも驚いて、やや距離を取っていた。確かにあなたとの……その、夜の運動で痛めた可能性があるけれど、私だって止めなかったし……というか、誘ったの私よね。
今後は誘い方も注意しましょう。こんな騒動になるなんて、想像外だったわ。ユリアーナは過保護っぷりに驚くでもなく、さらりと受け止めていた。それどころか、お姉さんっぽい言動で子供達を誘導していく。
「お姉様、ローズちゃんのお風呂は私がするわね。レオンはラルフとお風呂に入れる?」
「うん!」
手を挙げて満点のお返事をしたレオンに、ランドルフが嬉しそうに笑う。あとは子供部屋のディが心配だわ。マーサが抱きかかえて運び、後ろからベビーベッドがついてきた。それって、ベビーベッドに乗せて運んだらダメなの? 疑問の答えはすぐに判明する。
「奥様、ディルクぼっちゃまです」
「ありがと……」
差し出された我が子を抱いた瞬間、うとうとしていたディが「うぎゃあああああ!」と大泣きした。息を吸い込むときから、凄い音がしたわ。全力で息を吸い、全力で音にして吐き出す。その元気さに安心するも、揺らしても泣き止まなくて。
「どうしましょう……困ったわ」
「……っ、俺が」
さらに無理だと思うけれど……言ったら傷つけるでしょう。試してみるのはいいことよ。父親ですものね。身を乗り出すヘンリック様に預ける。まだディルクは這い這いも出来ないのに、突っ張る手足は力強かった。
「よしよし、母様を困らせるものではない。ディルク」
どこで覚えてきたのかしらね。苦笑した私は、驚きに目を見開いた。だって、あんなに泣いていたディが、ぴたりと泣き止んだの。それどころか小さな手を伸ばそうとしている。ヘンリック様が顔を近づければ、ぺたぺたと手が肌に触れた。
まるで形を確認するように、左右上下に動く。何度も瞬いて、ディルクがへらりと笑顔に似た表情を作った。母親の私よりヘンリック様に安心するなんて、ちょっと嫉妬しちゃうわ。




