576.着替えたドレスは水色のふわふわ
やっぱり……予想通り、卵やハムの欠片を付けた我が子を眺める。レオンもローズも、べたべたね。ローズなんてジャムの瓶に指を入れて、舐めていたもの。早めにお弁当作りを始めてよかったわ。
「お弁当は包装して、準備して頂戴。皆はお風呂に入って着替えよ」
「はい、奥様」
私はお風呂はいらないけれど、着替えないといけないわ。王宮へ行くのに相応しい服装がある。もし、マルレーネ様が公爵邸に遊びに来る話なら、私服でもいいのだけれど……。この辺は他人の目があるから、状況に合わせて着替えるのは当然よ。
ヘンリック様が次から次へと注文するから、服はたくさんあるの。先月はついに「多すぎるから服の発注は中止で」とお願いしたほどよ? クローゼットから溢れちゃうとぼやいたら、新しく部屋を作ればいいとか……金持ちの考えは理解できないわ。
「奥様のお弁当という表現にも、皆が慣れてしまいましたね」
イルゼが手際よく包装しながら笑う。
「そうよね、最初の頃はつい口から出ちゃって、でも通じなかったわ」
懐かしい。ほんの数か月前なのだけれど、凄く昔のことみたいに感じた。貴族が外で食事をするのは、お店がほとんど。まず屋外で食べることが少なかった。そこに加えて、準備して持っていく感覚が薄い。ピクニックに行っても、お菓子やお茶は用意するのに軽食はなかった。
お茶会の文化が発展していて、スコーンやふんわりした焼き菓子が多いことも影響しているのね。あとは貴族らしい理由がもう一つ。毒による暗殺の危険があるから。外へ持ち出せば、途中で人の手が加わる可能性が高いんですって。
この国はあまり暗殺はないと聞くけれど、表沙汰になっていない事件もありそう。屋敷で豪華で大量の食事をして、外ではスコーンで我慢。武士は食わねど高楊枝じゃないけれど、貴族はお腹が空いたと訴えない生き物らしいわ。その理論で行くと、シュミット伯爵家は貴族ではないのね。
「奥様も着替えていらしてください」
イルゼとの雑談を切り上げ、促すリリーと私室へ戻る。急いで着替え、解いていた髪を軽く結って……髪飾りで留めた。明るい水色のドレスは、ふんわりとした形で若さを強調する。これ、私が着てていいの? 既婚者なのだけれど?
「奥様はお忘れかもしれませんが……まだ十分、お若いです」
前世の記憶があるせいで、十年は勘違いしていた。そうよ、まだ二十代になったばかり……残りの人生のほうが長いし、十分若いお嬢さんで通る年齢だわ。
「つい、忘れちゃうのよ。三人の子育てに忙しいんですもの」
「わかりますが、年齢相応のドレスは今しか着れません」
リリーに言い切られ、若いご令嬢のようなドレスでくるりと回る。これ、ヘンリック様が買ってくれたのかしら? なら、着ていくのに相応しい装いね。




